荒川洋治『文学のことば』

日曜日。晴。
昨晩はアニメを観ながら寝落ちした。深夜にいったん目覚めて、電気を消してもう一度寝る。
 
NML で音楽を聴く。■シェーンベルクスケルツォ ヘ長調、プレスト ハ長調で、演奏はプラジャーク・クヮルテット(NMLCD)。■ベント・セアンセン(1958-)の「Adieu」「Angels' Music」で、演奏はアルディッティ弦楽四重奏団NMLCD)。■リゲティのチェロ協奏曲で、チェロはルノー・ドジャルダン、指揮はピエール・ブルーズ、アンサンブル・アンテルコンタンポラン(NMLCD)。
 
Mäkelä Conducts López Bellido & Mahler 5 | Chicago Symphony Orchestra
クラウス・マケラの指揮、シカゴ交響楽団による、マーラー交響曲第五番の演奏の配信(全曲、70分)――各楽章の冒頭数分をつまみぐいして聴く。細部は精緻であり堅固に構築されスケールも大きく、マーラーが完全に消化されているが、情感的に(わたしには)あまり魅力的でなく、というかモノトーンで退屈であり、全体を聴く気にならなかった。若きクラウス・マケラは「天才」とされ、既にロイヤル・コンセルトヘボウシカゴ交響楽団を率いることが決まっており、マケラ時代が来るともいわれている。
 いま「才能と魅力がある指揮者の不足」は深刻で、各団体、困っているのがよくわかる。マケラくらいのクラスの「才能」になると、奪い合いだ。
 しかし、音楽を楽しむってなんだろうね。シンプルに音楽を楽しみたいものである。
 

 
「二人だけの道」 - okatakeのブログ
「こういう清潔で正しく、しんみりほのぼのする夢のあるドラマが茶の間から消えてしまった。」ほんと、いまや何でも複雑知的でむずかしすぎる。人間らしさ、ってなんだろう。
 
いい天気で庭へ出る。

ブルーベリーの花がたくさん咲いた。

アイリス。

ソラマメの花。実が生(な)ったら食べる。

白いスミレ。生命力の強い雑草なので、老母は庭から抜いてしまうそうだ。
 
 
図書館。鶴見俊輔さんと長田弘の対談集『旅の話』(1993)、荒川洋治のエッセイ集『文学のことば』(2013)、池川玲子『ヌードと愛国』(講談社現代新書2014)、藤津亮太『ぼくらがアニメを見る理由』(2019)その他を借りる。
 
コメダ珈琲店各務原那加住吉店にて昼食。いつものトーストサンド+ブレンドコーヒー1160円。おなかいっぱい。
帰りに老母のために手芸屋「トーカイ」へ寄る。あちこちでツバメ飛ぶ。
陽射しが強くなって車内が暑い。AUTO のエアコンは冷房が入るようになった。
 
 
長時間、ごろごろぼーっとする。
 
 
図書館から借りてきた、荒川洋治『文学のことば』(2013)をさらっと読了。エッセイ集。著者が若い人とその文化にほとんど何の興味も関心もないのがわかる。ま、それがダメな態度なのかはわからない。若い人だって概して老人には興味がないものだ。きたない、きもちわるいと思っていたって不思議はない。
 しかし、荒川さんはもはや現代、現実にもあまり興味がないのではないか。停滞し、退廃し、空気がよどんでいる。まあ、古くさい、それもよいのかも知れないが。わたしはつつましやかで古くさいのはきらいでない。

 

 
夜。
老父が三葉をたくさんもらってきたので、おひたし(山葵ポン酢和え)にして食う。ウチにも三葉はあるのだが、このような食用として畑で栽培されたものではなく、雑草として生えているので、小さくてかたいそうだ。かつては茶碗蒸しに添えたり、味噌汁に入れたりして食べた。
 
僕は友達が少ない』第9話まで観る。