吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』

晴。
 
お客さん用のふとんがもう必要ないと思われるので、片付ける。
 
昼からミスタードーナツ イオンモール扶桑ショップ。エンゼルクリーム+ブレンドコーヒー429円。
吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である』を読み始める。おもしろいので、すらすらと第一章を読み終えた。いやこれ、「現代の病」を凝縮した、なかなか得がたい本だと思う。いまの知的エリートが何を考えているのか、如実にわかるから、これからの時代のエリートになりたい人は読むといい。途中まで読んだ限りでは、著者はわたしの向いている方向とまったくちがうそれを向いているから、本書はよい反面教師になりそうだ。
 著者は科学をよく勉強しておられて、これは完全におかしい、とわたしに思えるところはほとんどないが、しかし、進化心理学についてはどうなのかなあと思う。わたしには、進化心理学はかなりいかがわしく感じる、というか、進化心理学ははたして科学なのか? 2022.7.15 にちょっと書いたとおり、進化心理学を認めるには心のそうとう細かいことまで DNA によって決定されていると証明されねばならないが、DNA が決定するのはあくまでタンパク質の種類であり、仮に心=脳であるとして、神経細胞の構造が細かく遺伝によるタンパク質によって決定されていると証明されねばならない。確かに脳の構造がある程度までは遺伝によって決定されることは理解しているけれども、そこまで科学が言っているとは、わたしは知らないのだが。ま、最新の研究は知らないけれどね。

追記。本書で紹介されている、スタノヴィッチの『心は遺伝子の論理で決まるのか』が図書館にあることがわかったので、明日借りてくる。
 
帰りにフラワーパーク江南に寄って、少し散歩。








 
 
夜。
吉川浩満『人間の解剖はサルの解剖のための鍵である 増補新版』読了。本書はひとつの物語を提供している。「人間」の消滅、あるいは「新しい人間」観の誕生、という物語。その「新しい人間」観は、いわゆる認知革命、進化論、AIによって形成される。そして、その立場からは、わたしなどはその消滅すべき、古い人間ということになろう。物語というものはある意味では陳腐であり、広く流通し得る。本書の提供する物語も、広く流通する予感がある、いや、既に流通しつつある。新時代に乗り遅れるな、新しい帆を揚げよ!となってもわたしは驚かない。
 
先日知った、東さんの「シンギュラリティ民主主義」という語をちょっと思い出すな。さすがに東さんは敏感だ。単行本になったら是非読みたい。
 
 
阿部和重『ULTIMATE EDITION』を読み始める。短篇集。半分くらい読んだ。現代文学じゃ。あいかわらず、最低のチープさを圧倒的な強度と複雑さで描いておるのお。これ以上、爺には何も云えませんわい。