ハルノ宵子『隆明だもの』

晴。
未明起床。
 
オカタケの「ふくらむ読書」【22】パーフェクトデイズ |春陽堂書店
よい紹介で、『PERFECT DAYS』を俄然観に行きたくなる。ただ、田舎なので、近くの映画館で上映していない。
 
スーパー。いい天気。
 
昼。
一昨日古いメガネが壊れたことは既に書いたが、外出用メガネの度が強すぎて、パソコンの画面を見たり、本を読んだりするのがむずかしいことが判明した。これでは不便なので、室内用のメガネを買いに、イオンモール各務原キクチメガネへ行ってくる。前のメガネももっていって測定してもらったが、あれでも結構見えるらしかった。レンズの傷がひどかったということか。簡素なフレームとふつうの(?)レンズにしたら、4万円以下と思っていたより随分と安価で済んだ。いや、この倍以上の値段のを求める人もざらにいるみたい。ま、貧乏人だからね、これでいっか笑。
 あと、僕はガチャ目で左右の視力がだいぶちがうので、そこをどうするか迷った。二段階もちがうんだってさ。
 帰りに肉屋。きれいな色をした豚ロース肉を買う。
 
 
ハルノ宵子さんの『隆明(りゅうめい)だもの』(2023)を読み始める。老母が購入したものを先に読ませてもらっているが、めっちゃおもしろい。本文は読み終え、あとはばななさん(妹)との対談。吉本さんの全集の月報で連載されていたものなので、全集は図書館から借りて時々読んでいるから、半分くらいかな、は既読だったが、繰り返すけれど、とにかくおもしろい。まあ、わたしはいろんな意味で吉本さんが好きなので、そのせいもあるとは思うが、読み物としたって誰でもおもしろいと思いますよ。だいたい、ハルノ宵子さん自身が、途轍もない豪傑で、例えば、ステージ4の癌を宣告されながら、その足でふつうにビールを飲みに行ってしまうようなお人である(『猫だましい』も読みました)。そんな人の、書いたもの。
 吉本さんのところは、家族四人がみな台風のような巨大なエネルギーをもっているので、そりゃ大変だったなとよくわかる。吉本さんがボケた話なんかも書いてあるが、当然ながら、ハルノさんはつまるところ父親のことを、面倒な人であることはそうだが、深く誇りに思っているのだな、それがよく伝わってくる。
 また、家族から見た吉本さんは、わたしが書物から見えていた吉本さんと衝突するところがほとんどなくて、つまりは日常生活と巨大な思想とがシームレスに連続しているのだな。そこがほんとに吉本さんのエラいところだ。本書を読んで、わたしはさらに吉本さんに敬意を覚える、まことに。
 
夜。
ハルノ宵子『隆明(りゅうめい)だもの』読了。ばななさんとの対談も読んだ。おもしろすぎて一冊半日で読み切ってしまったな。そういやハルノ宵子さんのマンガって、読んだことがないや。ばななさんの小説も二冊くらいかな?
 わたしは吉本さんというと、本を通してしか知らないが、いちおう若い頃から吉本さんは読んできたけれど、かつては何にもわかっていなかったと思う。いや、いまもどれだけわかっているのか、疑問だけれど。ただ、吉本さんがここまでやってくれて、我々一般人の精神の貧しい時代、凡人は本当に助かると、つくづくそう思うようになった。ま、吉本隆明はわからない、とかかしこい人からそんなことをいわれてますけれど。そうそう、本書にもあるけれど、人間(かしこい人からは)バカと思われているくらいでちょうどいいんだってのも、吉本さんから学んだところが大きいんじゃないかと思う。

いかにも立派なことを書いている人が、実生活ではそれを裏切るような、つまりは立派でない言動をしてしまう、ということはよくあるようだが、娘たちから見て、吉本さんにはまったくそんなところがなかった、書いていることとやっていることが食いちがっていなかった、それは凄かったという話がある。
 
吉本さんから離れるけれど、ある小説家が書いていたが、すばらしい文学の書き手に実際に会ってみると幻滅するということがよくある。けれど、玄侑さんと会ってみて、書きものにも増したひとだったと。ちょっとそんなことを思い出した。