坪内祐三『文庫本を狙え!』 / わたしたちの根源的なフェイクぶりと村上春樹

曇。

NML で音楽を聴く。■ベートーヴェン弦楽四重奏曲第三番 op.18-3 で、演奏はプラジャーク・クヮルテット(NML)。

 
モーツァルトクラリネット五重奏曲 K.581 で、クラリネットはザビーネ・マイヤー、ウィーン弦楽六重奏団(NML)。この曲が聴きたくなって、NML でいろんな録音の冒頭を試し聴きしていたのだが、ザビーネ・マイヤーのとろけるような音に抗し難かった。無名の演奏家のよいものを探していたのだが、メジャーレーベルの有名演奏家のになってしまいました。伴奏の弦楽四重奏ともよく溶け合っていて、素直で中庸を得た演奏であり、申し分がない。クラリネットと弦楽の録音バランス(クラリネットの音が小さいのが少なくない)も堅実で、そのへんもメジャーレーベルで安心なのかと。この曲、カール・ライスター+プラジャークQのコンビってのが NML にあるんだな。そのうち聴いてみるか。


ミスタードーナツ イオンモール各務原ショップ。きなこリング+ブレンドコーヒー429円。ひさしぶりに近くのイオンモールのフードコートで本を読んだ。冬になって、窓から夕方の直射日光が入ってくる。
 坪内祐三文庫本を狙え!』の続きを読む。前に読んだのが 2022.3.11 か。随分放ったらかしにしておいたな。著者は雑誌のコラムにぴったりの人だったのかも、と、わたしは雑誌は全然読んでこなかったし、コラム本もあまり読まないのだが、そう思う。この本は坪内さんの比較的初期のものなのではないかと思うのだが、この頃の坪内さんは自慢話も少なく、悪くない。抽象的な超越性の弱さは感じるが、むしろ具体物、固有名詞に拘るところが坪内さんのよさだろう。それにしても、世紀が替わる頃の文章だが、その古くさいことといったら、わたしも古くさい人間だと痛感しているけれども、坪内さんの古くささはそんななまやさしいものじゃない。しかし、少なくとも本書では、その「古くささ」はちゃんと生きている、同時代を呼吸している。そこが、いまでも読ませる所以だろう。

 
帰りに金属団地を出るところで、道路に車の破砕片がちらばっていて、これはやったなと思ったら、どてっ腹がグシャグシャになった車が歩道に乗り上げていた。事故って間もない感じ。

坪内祐三文庫本を狙え!』読了。


夜。
村上春樹1Q84』の続きを読む。ものすごくおもしろい。まるでアニメのような薄っぺらさ、ウソだらけの、飛んでもないニセモノだ。すばらしいフェイクぶり。このことは意図的にアニメを見始めなければ、わたしには決して理解できなかっただろう。これこそが現代の「物語」なのだ。
 村上春樹の、あの独特な比喩、あれは何だろう。例えば、青豆が自分の裸を鏡で見ての内的独白。「陰毛は行進する歩兵部隊に踏みつけられた草むらみたいな生え方をしている。」こんなのは村上の小説に頻出して、幾らでも挙げることができる。わたしはこういう比喩にほとんど憎悪を覚えるのだが、それはどうしてだろう。自分でもよくわからない。そういう比喩を作る能力がないからの、嫉妬? いや、たぶんちがう。世の中には二種類の人間がいる。こういう比喩こそが「文学」であると思う人間と、その正反対の人間と。わたしはもちろん後者で、そしておそらく前者こそが、「文学」のわかる選ばれた人間なのだ。

いっておくが、わたしは村上春樹がフェイクだというのではない。フェイクなのは現代そのものだ。誤解なきよう。