『中井久夫集4 1991-1994 統合失調症の陥穽』

晴だが、空に薄く靄がかかっているような。
「国」のそれぞれの「地区」の鉄道を統括する女性たちに会う夢。昭和の古い木造二階建ての建物がびっしりと並ぶ路地を舞台とする夢。いずれも(アニメのように)あざやかなそれだった。
 
マルタ・アルゲリッチ クリスティアン・アルミンク 広島交響楽団 プロコフィエフ:ピアノ協奏曲第3番 | TV MAN UNION CHANNEL
プロコフィエフのピアノ協奏曲第三番 op.26 で、ピアノはマルタ・アルゲリッチ、指揮はクリスティアン・アルミンク、広島交響楽団。2024.5.12 のライブ録音。終楽章が白熱。アンコールを聴いていると、アルゲリッチ自身もかなり満足できるコンサートだったんじゃないかと推測できる。アルゲリッチ、83歳だってさ、マジかよ。
Richard Strauss: "Metamorphosen" mit Esa-Pekka Salonen | NDR Elbphilharmonie Orchester | YouTube
リヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン」で、指揮はエサ=ペッカ・サロネンNDRエルプフィルハーモニー管弦楽団。2020.10.20 のライブ録音。
 
昼。
ショパン:ピアノ協奏曲第2番 マルタ・アルゲリッチ 小澤征爾指揮新日本フィル(1987年のライヴ録音) | YouTube
元は FMエアチェックらしく、音が貧弱だが、それをものともしないアルゲリッチのすばらしいピアノ。こんなピアノはいまは誰も弾けない。40年近く前、アルゲリッチの全盛期といえる演奏で、上の2024年の演奏と比べると、アルゲリッチはやっぱり変わったなと思う。もっとも、それは必ずしも悪い変化とはいえない、個性のかたまりから、いまはいってみれば「自分」というものがなくなってしまい、ただ自分の投げ入れられた世界にいきいきと反応する、一種の自動音楽体になったとでもいおうか。
 この曲はオーケストラがあまり活躍しないが、それでも小澤征爾は「らしさ」である生命感を充分に出している。ただ、あんまりエラそうなことはいいたくないが、新日フィルはかなりショボいのではないか。ま、音が悪いせいもあるだろうが、とにかく冴えない。いまはきっとこんなことはないと思う。
 
 
外気30℃近い日々。
ミスタードーナツ イオンモール各務原ショップ。エンゼルクリーム+ブレンドコーヒー462円。
 図書館から借りてきた、『中井久夫集4 1991-1994 統合失調症の陥穽』(2017)ようやく読了。読むのに時間がかかったな。「治療文化論再考」「詩の根底にあるもの」「霧の中の英国経験論」どれも独創的な文章である。「治療文化論再考」は中井さんの正面からの国際政治的考察がめずらしく出ていて、貴重だ。中井さんの文章に哲学プロパーはほとんど出てこないが、「詩の根底にあるもの」にはそれの代替物がある。高校生のときからポール・ヴァレリーを原文で読んでおられる人だから、哲学的考察がないわけがない。もっとも、抽象的なドイツ観念論などは、本業の精神科医の仕事の方に吸収されてしまった感があるが。「霧の中の英国経験論」はわたしには感動的で、フードコートで涙を流すのを堪(こら)えねばならなかった。
 中井さんを読んでいるといつも、人間の「器の大きさ」みたいなことを考える。中井さんの生涯には人とのよい出会いがたくさんあったことを嫌でも感じるが、それは器の大きさによって、必然であったようだ。自分がまた、近寄られると遮断したくなるタイプだから、とりわけそう思うところもあるのだろう。もっともわたしがイオンモールのフードコートなどへ出かけていくのは、人混みの中にいる程度で埋められる人恋しさがあるのかなと、自覚しないでもない。

最相葉月さんの解説は、納得できるものだと思う。
 
中井久夫拾遺』(2023)を読み始める。死後出版。中井久夫ファンの手放しの賛美は、わたしをちょっと居心地悪くさせるところがある。中井さんは、決して神様でないし、そう見做されるのを心よく思うタイプでも、なかったように思える。って、オレめっちゃ不遜なこと、いってね? こういうところが、我が傲慢なのだろうが。
 中井さんは、とても多くのことを敢て語らなかった人でもある。闕語法の人といってもよく、我々は文章のちょっとした言い回しなどから、ある程度中井さんの意図的に言わなかったことまで、察して読むべきだろう。どんなことにでも何らかの意見をもっていると、かつて書いておられたのを読んだ覚えがあるが、どんなことでも語ったわけではないのだ。
 しかし、京都大学法学部主席入学か、ホントかよって感じ。飛び抜けた秀才でもあったのだな。それに留まらなかったわけだが。
 
夜。
岡崎次郎マルクスに凭れて六十年 自嘲生涯記』(新版2023)を読み始める。前に記したとおり、ブログ「本はねころんで」さんのところで教えられた本。これはおもしろい。著者に関してはとりあえず、Wikipedia の項目でも参照してみるとよいと思う。岩波文庫の『資本論』の、実質的な翻訳者だそうだが、そのクレジットは文庫本のどこにもない。