スクリャービンのエチュード

スクリャービンエチュードで、リヒテル(1952年)とホロヴィッツ(1972年)を聴き比べてみる。共にop.8とop.42がメインだ。当り前だが、二人とも技術的な問題はまったくない。録音は、ホロヴィッツ盤(スタジオ録音)の方がはるかに良い。リヒテル盤は何とかステレオというだけで、ライブ録音であり、聴衆によるノイズもかなり多い。ホロヴィッツは当時六十代後半で、円熟した演奏を聞かせている。爆発力も欠けてはいないが、全体として明晰であり、ロマンティックなサロン音楽のようにも聞こえる。一方、リヒテルは年齢は三十代後半であるが、既に底しれぬ深みを感ずる。自分はop.42-5(Affanato)がとても好きなのだけれども、ホロヴィッツは構造もクリアで、甘いところは甘く、またすさまじく低音を鳴らし、見せつけるような演奏。それに対し、リヒテルは晦渋だが、ところどころで浮かび上がってくる甘い旋律に、胸を締め付けられるような感じがする。これがもっと高音質だったらと、つい思ってしまう。芸術家としての深さでいえば、リヒテルの方がホロヴィッツを上回るのでないか。

Sensitive Eccentric

Sensitive Eccentric

なお、You Tube にはop.42-5の名演がいろいろアップされている。リヒテルの演奏も、異なったテイクのものが何種類かある。上で挙げた演奏はたぶんこれだと思うが、音質はCDよりさらに悪い。これは1972年ワルシャワ・ライブの録音。他に、上のホロヴィッツの演奏もあるし、ノイハウスネイガウス胡瀞云(Ching-Yun Hu)キーシン(豪快)などのもいい。誰ので聴いても、名曲。
※追記 上のホロヴィッツの動画は、演奏に合わせて楽譜を映しているので、興味のある方は見てみられると面白いと思う。演奏のゆらぎのように聞こえていたのが、じつは楽譜どおりだったとか、個人的には発見が多かった。(10/13記)

アーサー・I・ミラー『137』

晴。
アーサー・I・ミラー『137』読了。副題「物理学者パウリの錬金術数秘術ユング心理学をめぐる生涯」。題名の「137」というのは、微細構造定数の逆数である。二十世紀に綺羅星のようにたくさん居た超一流の物理学者の中でも、パウリはとりわけシャープであり、批判力に長けた存在だったが、じつは飲酒、漁色に耽るなど、精神面に深い暗黒をもっていたため、心理学者ユングの助けを必要とするようになる。そしてその過程で、パウリが多くのものをユングから得ただけでなく、ユングもパウリから多くを受け取ったのだった。二人の共著『自然現象と心の構造』という、どこか謎めいた本は、その成果のひとつであった。パウリは晩年になると、物理学と心理学の相補性を確信し、密かにその統合への道を探るようになっていく。ユングというと、今では真面目に取る人は少ないと思うが、本書は慎重に書かれており、ステロタイプユング=オカルトなる理解を退け、同時に単純なユング礼賛にも陥っていない。パウリにもユングにも興味のある人には、面白い内容になっていると思う。

137 物理学者パウリの錬金術・数秘術・ユング心理学をめぐる生涯

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自然現象と心の構造―非因果的連関の原理

自然現象と心の構造―非因果的連関の原理