養老孟司&茂木健一郎&東浩紀『日本の歪み』

日曜日。雨。
 
雨間(あまま)に雨樋の掃除をする。いつもの場所ではなく、南側の屋根と、風呂場の屋根。檜があるので、落ち葉でどうしても詰まる。
 

ムラサキツユクサ。これは庭ではなく、家の横の道路脇の、毎年決まった場所に咲く。まあ雑草だが(だから、勝手に庭にも咲くけれど)、きれいな雑草だな。たまたま一年前の今日にも写真をアップしているから、毎年どおりに咲いている、ってことかな。
 
ロラン・バルトは、日本へ来てどうして日本を「記号の帝国」といったのか。もう本の中身は忘れてしまったが、記号の帝国はまちがいなく西洋である。西洋ほど、普遍的記号が暴虐をきわめている社会はない。西洋の文学や芸術はその「記号の暴虐」に対抗する手段という側面があったが、既に敗北し、記号だけが残って力をふるっている。ついでにいえば、それは現在、世界的現実である。
 
スーパー。客多め。デリカの弁当やお惣菜をなんとなく見る。ここは賞を取るくらいで、デリカが充実している。なかなかおいしそうだ(イオンとかマックスバリュの惣菜は、あんまり好きでない。老母が入院したときは、時々使ったけれど)。ウチは(うどん用の天ぷら以外)買わないが、値段は高めだけれど、もしひとりだったらこれで充分かなと思う。自分ひとりのために食事を作るのは、めんどうくさい。ひとり暮らしの男性で自炊されている方は、ちょっと尊敬してしまうくらいだ。
 
 
昼。雨。
アマガエル鳴く。
 
図書館。
借りたもの。新着で、白隠禅師『夜船閑話・延命十句観音経霊験記』(2023)、高澤秀次『評伝 立花隆』(2023)。文学では吉本ばなな『ミトンとふびん』(2021)、柴崎友香『百年と一日』(2020)、山尾悠子『迷宮遊覧飛行』(2023)、ちくま文庫の『野呂邦暢作品集 愛についてのデッサン』(2021)。あとは養老孟司茂木健一郎東浩紀『日本の歪み』(2023)、内田樹『日本習合論』(2020)など。内田樹の最近の本を読んでみたいかなと思ったのだが、図書館にないようだ。
 
市民公園では「全肉祭」というのをやっていて、雨がかなり降っているにもかかわらず、たくさんの人(家族連れ多し)が来ていた。
帰りに餅信へ寄って、白桃大福Premium と草餅を買う。
 
お茶の時間に白桃大福Premium を食う。お茶は先日「道の駅」で購入した揖斐茶の新茶。
 
 
図書館から借りてきた、養老孟司茂木健一郎東浩紀『日本の歪み』(2023)読了。かつてのわたしだったら、必ず買って読んでいた本だろう。実際、書店では何度も手に取って、中身を見た。読んでみて、まあ買わなくて借りて読んで充分だったと思う。
 養老さんの「破滅的な大地震」待望論はめちゃくちゃのようだが、わからないでもない。戦争ですべてが焼け野原になり、ゼロからの出発がわりとうまくいったから、今度もゼロからのリセットに期待する、ってわけだろう。しかし、それは待望しているけれど、待望しているわけではないとも思う。ちょっと露悪的に、本音のようなことをテキトーにいっただけだろう。
 東さんの、日本では目立っちゃダメ、というのは胸をつかれた。東さんは、ほんと目立って、めちゃめちゃ叩かれてきたもんな。これは、金言だと思う。
 この人たちはかなり自由にいえることをいっているが、それでもまだまだ既成概念、既成の視野に縛られているなって思った。メディアの中で「日本」なんてことを考えたら、これくらいが限界だろう。そして、いまの若い人たちはそういう(いや、もっと縛られた)言説を読み聞きしながら、育ってきているのである。東さんのいうとおり、政治的な正しさのせいで、メディアの中で文系学者たちは互いに差異のない言説を繰り返している。いってることが、皆んな、おんなじなんだ(文体も同じ)。で、テキトーなことをいうと、同業者に刺されるって東さんがいってた、まさにそのとおり。はは。

ちなみに、わたしは日本だけ「歪んでいる」とはあまり思わない。欧米もアジアもアフリカもひどいものだと思っている。むしろ、日本の方がまだマシじゃないか? ただ、我々一般の日本人(自分を除外しているわけでない)がほんとダメになった、これは痛感する。本書で主に扱われるアカデミシャンや、知識人、エスタブリッシュメントには、正直それほど興味をもてなくなった。本書では一般大衆のことは扱われていない、といっていいと思う。
 
夜、早寝。