晴。
かしこい若い人たちの文章がカチコチに堅くなってきている。心の土台の壊れてしまった、不安定で混乱した時代に、抽象概念と形式論理をもって「確実性」を求めようとしているのか。わたしの精神的成長過程では、ゆるくて俗な日本語を、うまく扱える知識人・書き手が一定数いて、また、そういうのを好んで読む層も一定数いた。つまり、「文学」をその基盤とする、優れた知識人・物書きが、多くいた、ということだったと思う。そのようなものも、「知的」と見做される雰囲気があった。
 それに対していまは、哲学や社会学をバックボーンとする、多くの若い学者が抽象概念と形式論理を駆使した堅い文章を書き、またそういうのが好んで求められるようになってきた。文学も変質した。「知と情」から厳密な形式論理へ。日本人の「西洋化」が進んでいるように、思える。
 
NML で音楽を聴く。■バッハの 二声のインヴェンション BWV772-786、三声のシンフォニア BWV787-801 で、チェンバロはマーティン・ガリング(NML)。1962年のモノラル録音。ガリングについては 2025.12.19 の記事を。
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高島野十郎。

2.13 に豊田市美術館にて。
 
昼。
なつかしい袋入りの「日清焼そば」を、三人で四人前食う(笑)。入れたのはほうれん草のみ、このチープ感がいいよね。いわゆる焼きそばとは全然ちがけれど、これはこれでアリだな。
 で、食後の洗い物、でんぷん質でコテコテになっていてちょっとたいへんなのだった笑。