こともなし

深夜起床。
意識を低レヴェル(対称性の低い段階)に落として眠っていたら荒涼たる場所に出たので、一鍬二鍬入れておく。なるほど、これが「躓きの石」になっていたのか。(04:47)
他者に対する一種の忌避感というか、拒絶、自分だけが正しいという感覚。受け入れられない。
 
NML で音楽を聴く。■モーツァルト弦楽四重奏曲第十五番 K.421 で、演奏はイタリア四重奏団(NML)。録音年代不詳ながら、たぶんモノラル録音。情緒纏綿とした、古いスタイルの演奏といえるか(悪い意味ではなく)。

シューマンピアノ五重奏曲 op.44 で、演奏はシューベルト・アンサンブル(NML)。1993年の録音。「ロンドン・シューベルト・アンサンブル The Schubert Ensemble of London」というのが正式なのかな、録音は NML でたくさん聴ける。

フォーレピアノ五重奏曲第一番 op.89、第二番 op.115 で、演奏はシューベルト・アンサンブル(NML)。2009年の録音。平凡なようでなかなか聴かせる演奏だ。いや、黄金の中庸といいたくなるような瞬間がある、いいよこれ。
20260101160549
 
晴。
ごろごろぼーっとする。
 
家族で可児の産直市場へ、正月のおせち料理に必要なものを買いにいく。車で片道45分くらい、いつもより遅い時間なので、市場は混雑している。「身欠きにしん」と「丹波の黒豆」が欲しかったのだが、スーパーじゃないから、あるとは限らず、実際今日はなかった(入る日もあるらしい)。しかたがないので、明日イオンで見てこようということになる。
 「田作り」はあり、その他ちりめんじゃこやイカの一夜干しなどを購入、あと、昼食の「魚屋のにぎり鮨」と、夕飯用の刺し身を買う。この1250円のにぎり鮨が、めっちゃうまいのよ。下手な寿司屋のよりうまい。
 往復路、国道21号のバイパスが山の中を通るが、木々の葉が落ちてもはや冬枯れの景色であった。
 

12.10 の散歩中に撮ったもの。
 
昼。
いろいろ本を読もうと試みているのだが、あまりにも読めないので、なんとかしようと思っている。まあ、(わたしにとって)じつに下らない本しかないのがいけないのだが、本などどうでもいいと言い条、やはりそんなこともいっておれない、わたしの方から歩み寄ることを考える。いくら自分がクソ野郎でも、やっぱりそんなに傲慢であってはいけないよね。わたし自身がゴミなんだから。
 しかし、おまいら、そんなゴミカスみたいな文章ばかり書いて、何考えてんだよ、って(自分のことは棚に上げて)つくづく思う。すべてはやり尽くされているというのに。おお、わたしは、どうしようもない傲慢クソ野郎だ。それにまあ、ゴミカスでもなんでもいいんだけれどね、そんなこたあ、しったこっちゃないのさ。
 既に世界は精神的ゴミで埋まっている。あたまをカラッポにしろ!
 
図書館から借りてきた、町屋良平『ほんのこども』(2021)読了。長篇小説。

 
夜。
夕飯は上に書いたとおり、お値打ち激ウマ刺し身だ。愛知の漁港からの直送である。いつものスーパーの刺し身が(悪いが)ゴミに思えるうまさだ。たまには産直市場へ行かんといかんなあと再確認し合った。
上等の刺し身など食ったので、いま食後に泡盛古酒を飲みながらこれを書いている。貧乏人には稀な贅沢だなあ。
 
『魔都精兵のスレイブ』(2024)第3話まで観る。下らないちょっと H なアニメを期待していたのだが、さほどでもないな。アホですね笑。わたしはマゾじゃないし。