こともなし

曇。昼から雨の予報。

昨晩は五時間ぶっ続けでアニメを観るという無茶なことをやったので、朝から対応しないといけない。ナイーブなおっさんには、いまのよくできたエンタメは刺激が強すぎることがある。いまの子供たちは、こんなものを平気で視聴して、脳に負担がかからないものだろうかね。まあ、子供に限らないが。

マックスバリュ


ツイッターはこのところ全然見ていなかったのだが、アニメで頭がちょっとへんになっていたのだろう、軽率にも何となく見てしまったところ、ウクライナの戦争に関し、知識人、文化人、識者、学者、一般人などなどあらゆる人たちに、反ウクライナ、あるいは「どっちもどっち」論者が予想外にたくさんいるのを見出して、驚いた。以下、詳しく書くつもりはないけれど、親ロシア的な、オレは裏に隠された真実がわかる、新聞やテレビのいっていることはすべて CIA によるアメリカのプロパガンダで、お前たちはダマされているのだ!、つーのは、知的なつもりなのだろうが、はっきりいって論外ではなかろうか。どっちが陰謀論に嵌っているのかわからない。
 「どっちもどっち」論も、わたしには違和感がある。「どっちもどっち」論は、いろんなパターンがあるようだ。NATO やゼレンスキー大統領の態度に問題があり、それがロシアを追い詰めて戦争に追い込んだというもの。確かにかつての NATOウクライナの態度がベストだったかどうかは議論の余地があるかも知れないが、それと侵略戦争(という一線を越えること)を容認することは、わたしには問題がちがうように思える。
 「喧嘩両成敗」的なもの。侵略戦争と「喧嘩」を同一視してよいものだろうか。また、他の国だって侵略戦争をしているではないか、ロシアだけ非難されるべきではない、というもの。これはよくある典型的な詭弁で、論点のすり替えであり、一般論的にいえば他の国の侵略戦争も批判されるべきだろう。総じて、「どっちもどっち」論は侵略戦争の容認になることを論者たちは理解していないように思える。
 などと書いたが、わたしは以上を他人に強く主張したいわけではないのだ。わたしはロシア人が嫌いなわけではない。しかし日本政府はウクライナに援助を、経済制裁をロシアに対して行っており、これが戦争への加担であることは紛れもなく、自分の pro ウクライナ的な態度と共に、それを肯定する自分が「手を汚している」感覚が明確にある。それに対する嫌悪感があって、戦争のことはあまり考えたくない。矛盾である。

雨。
ウチの夏みかんで自家製マーマレードを作る。

うとうとしたりだらだらしたりその他。部屋に逼塞しているヒマ人は心をクールダウンし、整えないといけない。

夜。
ある若い人の文章をネットで読んでいてハッとしたのだが、「弱者男性論」とか「非モテ」とかいうのは、つまるところどうも異性の恋人がいない男性はつらいということなのかと、不思議な感じがした(見当ちがいだったら御免なさい)。フェミニストが、異性の恋人がいない女性はつらい、なんてことをいうのはちょっと考えられない。その点、男女間に非対称性があるのかと思う。性欲の昂進のあり方のちがいがあるのかな。確かに僕も、若いときには自分の性欲をもて余すところがあった。女性のことはよく知らないが、女性にも性欲はあるけれど、そういうことはあまりないような気がする。またまたLGBTQを無視して御免なさい。
 しかし、「弱者男性論」とか「非モテ」、流行ってるなあ。もちろん、フェミニズムの爆発的大衆化と関係がある。これはもう、後戻りできない変化であり、「弱者男性論」や「非モテ」がどれほど「フェミ」を嫌っても、どうしようもないですよ。苦しい男性は、女性から自立することが必要なのかも知れないし、そうできる世の中を作っていかねばならないのかも知れない、知らんけど。

冗談だけれど、製薬会社は、男性の性欲を抑える薬を開発すべきなんじゃないかな。そうすれば、男性も女性もハッピーで、社会も上手く回る、ってね。そして既に、男性らしい、女性らしいという有害な幻想は、解体されるべきだということが普及したのだから、男性は女性に女性らしさを期待してはいけないのですよ。ふふ。