杉田弘毅『国際報道を問いなおす』

晴。気温はいつもくらいだが、湿度が高い。蒸して不快。

眠い。中心がズレて、新しいものを得る。
ごろごろ。


酷暑38℃。昼から珈琲工房ひぐち北一色店。杉田弘毅『国際報道を問いなおす』を読み始める。第二章まで読んだが、よい本だ。著者は共同通信で海外報道に携わってきた人で、ロイターやAP、BBCの報道をまとめて翻訳し、日本に送るだけの「国際報道」とは一線を画してきた記者だと知れる。第一章「先駆者たち」では日本(人)のベトナム戦争報道を簡単に検証しているが、その中で開高健を高く評価しているのが印象的だった。わたしも開高のベトナム戦争関係の文章はたくさん読んだが、それだけでなく、開高の言動から彼のベトナム戦争観を浮き彫りにしているところなど、興味深かった。開高は、南ベトナム解放民族戦線をあまり評価しておらず、あれは北ベトナムの傀儡だと見切っていて、しかもそれは歴史的に正しかった、と。それから、南ベトナム政府は、必ずしも米軍の傀儡ではない、とも。このあたりは、いま読んでもへー、そうだったのかという感じを受ける。開高の限界も指摘されているが、まずは最大級に評価されているな。
 それから、文芸評論家の村松剛という人は保守派で、サヨクのわたしは読んだことがないのだが、本書で見る限りではなかなかの人物だったのだな。アイヒマン裁判を傍聴し、またアルジェリア解放戦争の第一線に赴いて、兵士たちに交じったルポルタージュをものしているらしい。

著者は単純バカではなく、一本筋を通しながらも、複雑な思考ができる人に見える。それだけでも、めったにいないタイプだ。

杉田弘毅『国際報道を問いなおす』読了。とてもおもしろかった。単純バカは読まない方がよい本である。わたしの力では正確に紹介できないのだが、特にアメリカのジャーナリズムの質の低迷をきびしく指摘し、カタールアルジャジーラを高く評価しているところなどはひどく印象に残った。これも、著者自身の失敗を分析し、またアメリカのジャーナリズムを評価するがゆえになのであるが。本書の終わりに、日本の国際報道のあるべき姿として、

苛烈な世界で日本は核兵器も資源も持たずに国を築いてきた。日本を支えているのは、対立を好まず妥協を見いだそうとする国民性や包括的な文化の力など日本人の思考、あるいは生き様であろう。それらは日本のジャーナリズムにもいっそう反映すべきである。(p.259)

とあるのには、ほとんど驚嘆した。「対立を好まず妥協を見いだそうとする国民性」を、日本人の特質として非難するのではなく、むしろ活かすべきというのだ。これほど硬派な本で、この発言ができるのは、相当の人物をわたしは感じる。ほんとに骨太の本だったな。

夜。
東大で #弱者男性 をエンパワメントするチー牛立て看 - Togetter
ツイッターを見ていたら何か議論になっていたので調べてみて驚いた。いま、フェミニズムとそのバックラッシュって、こんなことになっているのね。正直いってここで問題になっているタテカン、わたしは一見して何が問題なのか全然わからなかった。まったく、時代遅れの田舎者なんだなあわたしはと痛感する。「弱者男性」って語が問題になっているんだ。フェミニストには、「弱者男性」って語自体が当てこすり、バックラッシュに思える、と。しかし、「チー牛」(チーズ牛丼)とか知らんがな笑。不勉強なおっさんには、マジでハイコンテクストだな。ま、文脈がわかってみると、フェミニストが怒るのもわかる。女性こそが「差別されている弱者マイノリティ」だというのに、男性という「強者マジョリティ」があろうことか「差別されている弱者マイノリティ」たるを主張しているのだからな。しかし、フェミニズムというのはほんと知的で難解な運動だと、わたしはあらためて実感する。インテリでないと、むずかしいのよ、これは。


またまた絶望の歌。閲覧注意。
youtu.be


「家父長制」「お気持ち」「ダイバーシティ(多様性)」「分断」いろいろ紋切り型のパワーワードがありますな。ものを考えようという奇特な人間は、こういう手垢に塗れた紋切り型を使わずに、時にはものを考えてみましょう。