辻井重男『暗号』/堀江敏幸『もののはずみ』

晴。
辻井重男『暗号』読了。本書が扱う暗号技術は、本書で「ポストモダン暗号」と呼ばれる一九七〇年代以降のものであり、本書は古代からの暗号の歴史などを述べたものではない。歴史的なトピックとしては、第二次世界大戦の時の、ドイツのエニグマ暗号や、日本のパープル(紫)暗号(米軍の呼称)が、連合国側に解かれていたというものくらいである。また、暗号の文明論的な考察は、いかにもお手軽なものだ。メインの「ポストモダン暗号」については、現在コンピュータ・ネットワークなどで使われている「公開鍵暗号」について語られるが、従来型の「共通鍵暗号」(現在広く使われているDESはこれである)のアルゴリズムについても詳しい(著者が後者も「ポストモダン暗号」に含めているのかは、よくわからない)。「公開鍵暗号」は、「公開鍵」と「秘密鍵」の二つの鍵を使うもので、「公開鍵」は、よく知られているとおり、桁数の大きい素数を分解することのむずかしさを利用していることが、数学的なこと(数論)も含め、かなり詳しく解説されている。一方で、素数の分解を容易にする可能性のある「量子コンピュータ」や、暗号技術に量子力学を応用した「量子暗号」などについては、本書ではまったく触れられていない。本書は小著でもあり、それらのことは他著を参照する必要があるだろう。

暗号 情報セキュリティの技術と歴史 (講談社学術文庫)

暗号 情報セキュリティの技術と歴史 (講談社学術文庫)

堀江敏幸『もののはずみ』読了。エッセイ集。ほんのり発光しているような文章だ。身の回りにあるオブジェに気を遣っておられることがよくわかる。技術的にもとても上手くて、どうでもよさそうなことを文章の芸で読ませる。本文庫版は、いつもの精興社の活字とちがうが。
もののはずみ (角川文庫)

もののはずみ (角川文庫)


ブラームス交響曲第一番が聴きたくなる。最初はヴァントの1982年の録音を聴き始めたのだが、あっさりしすぎだと感じたので、すぐにカラヤン晩年の録音にする。こちらはこってりと分厚い響きで、ブラームスにぴったりだ。この曲は通俗曲だと思うのだが*1、こういう曲はカラヤンはじつに上手く、とてつもなく美しい音でしっかり感動させてくれる。併録されたハイドン変奏曲は繊細な演奏で、このなかなかまとめにくい曲から魅力を引き出しているところはさすがだ。
ブラームス:交響曲第1番

ブラームス:交響曲第1番

*1:ブラームスの肉声は、協奏曲や室内楽にこそ聞き取れると確信している。