藤原彰『中国戦線従軍記』

曇。
胸が苦しくて目覚める。また寝る。

午前中はごろごろぼーっとする。貴重な時間。

NML で音楽を聴く。■ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第十一番 op.22 で、ピアノはスティーヴン・コヴァセヴィチ(NMLCD)。■バッハの「前奏曲とフーガ」 BWV550、「目覚めよ、と呼ぶ声あり」 BWV645、トリオ・ソナタ ト長調 BWV1027a で、オルガンは中田恵子(NMLCD)。何十年ぶりかに「バッハ オルガン名曲集」みたいなアルバムを聴いて楽しい。どれもいい曲。BWV1027a の主題はどれかのヴァイオリン・ソナタのそれだったかな。■シュトックハウゼンの歌劇「光」 ~ 木曜日 ピアノ曲 XII で、ピアノはヴァネッサ・ベネッリ・モーゼルNMLCD)。■細川俊夫の「沈黙の花」で、演奏はアルディッティ弦楽四重奏団NMLCD)。■デュティユーの「時間の影」で、指揮は小澤征爾ボストン交響楽団NML)。小澤はわたしの指揮者という他ない。かつては浅田さんではないが、世界レヴェルというにすぎないとか思っていたのに。全然わかっていなかったのだな。もっとも、浅田さんはわたしのいまのレヴェルなども遥かに超してそう仰っていたのだろうが。

 
夕方、ミスタードーナツ イオンモール各務原ショップ。もっちりフルーツスティック シナモン+ブレンドコーヒー410円。藤原彰『中国戦線従軍記』を読む。

帰りにカルコスに寄る。何も買わなかった。

庭に咲いているオミナエシ。毎年同じ場所で咲くから、宿根草なのかな?
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藤原彰『中国戦線従軍記』読了。副題「歴史家の体験した戦場」。戦記について語ることはむずかしい。わたしは知識として、元軍人による戦記はなかなか全面的に信用できないことを知っている。自己正当化の誘惑に克つことは大変な難事だからだ。著者は陸軍士官学校の出身で、まだ十代の将校として中国戦線に赴任した。我々がここで読むのは、若き小隊長、中隊長として最前線で戦う著者の姿である。本書は著者が亡くなる少し前に書かれたもので、それまでに(左翼系の)歴史家として長い年月を過ごしているためか、(あくまでもわたしにはだが)淡々と事実が記されているという感じを強く受けた。若き著者の覚えた強い感情も、それこそ淡々と書かれているように感じる。詳しくは書かないが、最前線で戦うということに関して、わたしは本書からいろいろなことを教わったように思う。それは、わたしが思っていたところとは、随分ちがうことも多かった。まあ、これ以上は書かない。
 著者は己がそのうち中国大陸のどこかで死ぬのであろうと思っていたのであるが、結局は二十代前半で敗戦を迎えることになる。まだひどく若かった著者は、大学に入って歴史を学ぶようになる。そのあたりの話は本書に付録としての文章もあって、淡々と奇妙に正直なのがそれもまたおもしろい。なお、著者最晩年の著作として『餓死(うえじに)した英霊たち』というものもあって、日本兵の死者は戦死者よりも餓死者の方が多かったという内容らしく、ちくま学芸文庫版をわたしはもっている。これもそのうち読むつもりだ。『従軍記』の中にも、戦場で日本軍の兵站の軽視に気づく場面がある。参謀という存在がまるで前線に来ず、戦場の事実をまったく知らない。
 それから、著者の名を岩波新書のかつてのベストセラー『昭和史』の共著者のひとりとして知っている方もおられよう。この本については、Wikipedia によると吉田健一がゴミ本扱いしているそうである。ただ、ネット検索しても(現在悪名高き)左翼系の歴史家としては、それほどのクソ扱いは見られなかった。わたしの見た中では Wikipedia がいちばん辛辣であり、あとはその Wikipedia の記述がほぼそのまま転載されたサイトがあったり、まあその程度である。著者が「南京事件」は存在したという立場の歴史家にしては、思ったほどネットで書かれていないなと思った(検索が足りなかった気もするが。そんな生ぬるい筈はないとでもいうか笑)。さて、そのうち『餓死(うえじに)した英霊たち』も読んでみねばなるまい。