静岡家族旅行(第一日)

コロナ禍はまだ終わっていないが、収束を待っていてはいつになるかわからないので、思い切って家族旅行に出かけることにしました。主な目的は、伊豆長岡の願成就院の、五体の運慶仏を見ることであります。あとは、富士山が見られたらとか。
 
 
朝八時前に出発、いつもの東海北陸自動車道の岐阜各務原ICから、名神高速を経て東名高速へ。天気はまずまずですが、雲多し。一時間おきくらいにサービスエリアに寄ります。愛知県では豊田上郷SAに、さらに一時間後には静岡県浜名湖SAに。下は浜名湖SAから見える浜名湖の景色。なかなかよい眺望です。


 
焼津ICで高速を降り、昼食に焼津漁港でマグロを食います。

よく知られた、観光客向けの食堂。まだ11時過ぎでしたが、既にそこそこ客は入っていました。わたしはマグロ醤油漬け丼をいただきましたけれども、味はまずまずで、感激するほどでもないというのが正直なところ。焼津港は遠洋漁業の基地ですが、いまはマグロの時期ではないのかな?

ちなみに、海岸沿いなので、津波の際の避難用建築物が食堂の前にありました。
 
 
次の目的地は、日本平からの眺望と久能山東照宮のセットであります。場所としては静岡市のはずれになります。日本平は標高 300m 程度のなだらかな山で、富士山を見るスポットです。途中、カーナビの設定がうまくなく、道に苦労しましたが(静岡大学の近くを通り、たくさんの学生さんたちが歩いたり自転車に乗っていたりするのを見ました)、なんとかドライブウェイを見つけて、日本平に到着しました。

日本平夢テラスという、展望台を兼ねた新しい施設。新国立競技場などでよく知られる隈研吾の設計で、彼らしく木材を前面に出したもの。そう大してよいものとも思えません。


夢テラスからの眺望。御覧のとおりよく晴れていますが、多少雲が多く、お目当ての富士山は見えませんでした。残念。海の見える景色はすばらしいものでありましたが。
 
日本平久能山東照宮はロープウェイで繋がっています。東照宮は下から登ると階段が1000段以上あって大変なので、日本平からロープウェイで降りていくのがよいそうです。


いわずもがなのことですが、久能山東照宮徳川家康を最初に葬った場所です。晩年の家康は駿府城静岡市)で暮らし、遺言でここに葬られました。東照宮というと日光のを思い出される人が多いでしょうが、あちらは久能山のあとに家光が作ったものです。

国宝の本殿。日光のほどではないかも知れませんが、立派です。これも日本のバロック様式といってもいいでしょう。


きらびやかです。

金色のトカゲがいました。さすがは東照宮らしいかな。

家康のお墓。遺言で正面が西を向いて葬られています。島津など、西の反徳川勢力を睨みつけているということですね。意外と質素なお墓のような気もします。
 このあと、博物館にも寄りました。特に立派な美術品のようなものはなく、ただ家康が日常で使ったもの(メガネや鉛筆もありました)が展示されていたのが印象的でした。これも、質素に見えるものが多かったです。
 強くなってきた日差しの下、ここまで歩くのは結構しんどかったです。日本平に戻ってから、夢テラスの茶房でしばらく休憩しました。
 
 
日本平を降りてから、30分ほど海岸線沿いを走って、三保の松原へ。

松林は確かに立派です。

羽衣の松。三代目とか書いてあったかな。


ここも富士山を見るスポットなのですが、またもや雲に阻まれて見えませんでした。
 
 
老父の希望で、登呂遺跡に寄りました。もう駐車場を締める時間だというので、急いで遺跡だけ見学。

それほどの遺跡ではないのですが、わたしの世代だと水田跡が発掘されたということで登呂遺跡はよく知っている筈。いまはもう教科書にないそうです。そう、いまだとこれくらいの弥生遺跡はめずらしくないですからね。
 
 
宿泊は静岡駅前のホテル・オーレ・インへ。建てられてまだ日の浅い、高評価のシティホテル(天然温泉付き)ということですが、朝食付きトリプルで安かったです。まだ、コロナ禍から回復していないのかも知れない。
 夕食はホテル近くの居酒屋のつもりだったのですが、予約をしていなかったので断られました(いまは評判のよいところはどうしてもそうなるのですね)。慌ててネットで調べ、なんとか近くに代わりの店を探し出しました。なかなかおいしい店だったので、よかったです。静岡は魚のおいしいところなんですよ。生シラスの刺し身、桜海老かき揚げ。三人で楽しくおしゃべりしながら、わたしはひさしぶりに酔いました。
 
 
わたしは旅行先ではなかなか寝付けないたちで、いろいろ考えながら悶々としていました。でも、それについてはここでは記さないことにします。また、そのうちに触れることもあるでしょう。