正宗白鳥『白鳥随筆』 / 松浦理英子『最愛の子ども』

晴。

昼食に焼きうどんを作る。

境川堤の桜が満開だというので出かけてみたら、渋滞で近づけない。皆んな、考えることは同じだ。子供たちは春休みだしな。仕方がないので途中で道を折れて、反対方向の珈琲工房ひぐち北一色店へ。講談社文芸文庫の『白鳥随筆』を読み始める。坪内祐三選。正宗白鳥はほとんど読んだことがない。随筆を読んでみると、はなはだ退屈である。が、何だかおもしろい。ローカル線の車窓の退屈とおもしろさのようなものであろうか。もとより低級な感想である。

車外は21℃。もはや暑いくらい。
 
曇。せっかくなので(?)、ウチの桜をアップしておく。


妹の誕生記念樹なのである。

明日のプールを予約しようと思ったら、団体貸切でやっていなかった。

図書館から借りてきた、正宗白鳥『白鳥随筆』読了。批評的な文章は鋭い。あと、この人の特徴である、人生何でもわかったような、人間なんてどうせ大したことがないというような、斜に構えたところが嫌味なのであるが、そこが嫌らしいところで、またおもしろくもある。いまのネットの、マウント取りたい小僧みたいな俯瞰癖(=イロニー)が窺えて、興味深い。一歩引いて、上から目線を取るのである。それも、ここまで自然に無理なく身に付くと、それ自体が「文学」なのだな。
 イロニーというのは確かに「批評的」である。これはいまでもそうだろう。はてブなんかでもイロニックなマウント取りや、冷笑的「批評」はよく見かけるところである。しかし、白鳥が冷笑的といえば、公平さを欠くことになろう。

夜。
松浦理英子『最愛の子ども』読了。いやあ、おもしろかった。女子高生たちのレズビアン・ラブというか、エロでおしゃれで繊細な小説。一種のフェアリーテイルだ。しかし、とてもわたしに論じられるものではない。わたしはこういう世界は、現実には何も知らない。

わたしは松浦さんの小説は少ししか読んでいないのでよく知らないのだが、これは彼女の小説としてはかなりエンタメ的なのではないかと思う。サービス精神に溢れているというか。