文藝別冊『吉田秀和:孤高不滅の音楽評論家』

曇。30℃以下で涼しい。

スーパー。

NML で音楽を聴く。■ロベルト・フックス(1847-1927)のセレナード第一番 op.9 で、指揮はクリスティアン・ルートヴィヒ、ケルン室内管弦楽団NML)。聴き始めて凡庸ですぐに聴き止めようかと思ったのだが、まあうとうとでもしながら聴くかと思って続けたら、悪くなかった。個性ははっきりしないが、ポジティブで気持ちのよい曲であり、包容力があって、深みにも欠けていない。フックスというと室内楽をちょっと聴いたことがあるくらいで、いまではほとんど忘れられた作曲家だと思うが、歴史に残るかどうかというのは残酷なものだな。ほんと、これ全然悪くないと思うんだよ。

こういうのはカラヤンとかがもし演奏していたらおもしろかったかも知れないと、ちょっと思う。でもまあ、完璧に磨き上げちゃうかな。

メンデルスゾーンのオルガン・ソナタ op.65-1, 65-2, 65-3, 65-4 で、オルガンはジェイムズ・ランスロ(NML)。メンデルスゾーンには駄作がない。

 
雨。長時間、昼寝。

ブラームス交響曲第二番 op.73 で、指揮はロビン・ティチアーティ、スコットランド室内管弦楽団NMLCD)。終楽章がよかった。音が天然水のように爽やかできれいにハモっていて、フレッシュな感じが特徴の指揮者かな。ただこの曲はもっとこってりとしたそれなので、ちょっと芸風にミスマッチかなと思う。最後の盛り上げはうまい。■三善晃の「風紋」、マリンバ協奏曲、マリンバのための六つの練習前奏曲で、マリンバ加藤訓子NMLCD)。いやあ、すばらしいアルバムだった。いまさらながら、三善晃、いいな。随分多くを受け取った。

夜。
図書館から借りてきた、文藝別冊『吉田秀和:孤高不滅の音楽評論家』を拾い読みする。大岡昇平さんと吉田さんとの対談、小林秀雄福田恆存らとの座談、柴田南雄先生のエッセイ、片山杜秀さんの奇怪な吉田秀和論、高橋悠治吉田秀和批判、あたりがおもしろかった。大岡昇平さん、ほんとすごいな。吉田秀和さん自身の文章もかなり収録されているが、わたしは精神が摩滅して、吉田さんの文章が読めなくなってしまった。
 それにしても、長いこと吉田さんの文章を読み続けてきたものである。なぜ吉田さんは、最後まで同時代最重要のクラシック音楽批評家たりえたのか? それはつまり、クラシック音楽に新しいものがなくなったからかも知れない。いや、そんな筈はない、片山杜秀さんなどがその証拠だ、などといわれるかも知れない。そうだ、確かにそうである。しかし、わたしのような精神の硬直化したクラヲタには、本質的に新しいものはもはやクラシック音楽にないように思われることが多い。いや、いまでもクラシック音楽は大好きで、毎日聴いているのだが。ついでに言っておくと、わたしはポピュラー音楽に関しても事情は同じだと思っているのだが、ポピュラー音楽はよく知らないので確信はない。いや、ポピュラー音楽も好きなんですよ?

わたしにとって、武満さんと細野晴臣さんが最後の音楽家であるような気がする。あるいは、最初の音楽家

しかし…、オペラすら聴かないクズが何エラソーなこと言ってんだ、てなものだな。