昧爽起床。晴。
さて、図書館から借りてきた、福尾匠(1992-)の『非美学 ――ジル・ドゥルーズの言葉と物』(2024)全463ページに、ようやくすべて目を通し終えた。結局、わたしは著者が何をいいたいのか、まったくわからなかったといっていい。不勉強でかつ頭が悪いというのは、困ったものであるな。著者はわたしよりほぼ四半世紀だけ若い、ほとんど子供みたいな年齢、だってさ。
と思ったら、ブログ検索してみたらこの本、もってるし、10年以上前にもう読んでるんだ。アホだなあ、オレは、何も覚えていないとは。まあ、どこに置いてあるかわからないし、図書館で借りて読もうや。
●「とらわれない、偏らない、こだわらない」これって、どこかで…住職が「養老孟司」の本にみた“仏教の解釈”とは | レビュー | Book Bang -ブックバン-
玄侑さんによる、養老先生の新刊『人生の壁』に対する長文書評。最近玄侑さんはあまり文章を書かれないから(むちゃくちゃお忙しすぎるからね)、読めてうれしかった。これだけで見事なエッセイになっている。さて、この新刊、図書館に入らないかなあ。
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NML で音楽を聴く。■ショパンのピアノ・ソナタ第二番 op.35 で、ピアノは辻井伸行(NML)。
あー、ショパン・コンクールの予選始まったなー、あー、ジャリどものショパンとか、いまいち YouTube で聴く気しねー、そーだな、ちょっとピアノ・ソナタ第二番のいい演奏を NML で探してみるかなー、
とかいうわけで NML で検索してみたところ、地上に下りた最後の天使、辻井伸行君のショパン・アルバムが、それもなぜか DG (ドイツ・グラモフォン)から 3.6 に配信始まっているではないか! 既に2015年に avex で CD が発売されているものであるが、avex は NML に参加していないので、これまでわたしは聴いていない。でも、なんで DG から?
まあ、そんなことはいいや。辻井伸行教の信者(=わたし)がいうことであるが、現在世界最高のピアニストによるショパンであるから、期待どおりじつにすばらしい。辻井君は、圧倒的に広大なパースペクティブの中で、素直に曲を、ベストな形で再現前化するタイプのピアニストだから、クラシック初心者が聴いてもいいんだよね。最強のオールラウンダー。でも、わたしみたいなこじらせたクラヲタが聴いても、すばらしいんだぜ。最初の一音から、ゾクゾクする。現代において、天才って、可能なんだ、という驚き。まことに、天才と同時代を生きる幸福を、辻井君は味あわせてくれる。2015年の録音。

■ピアノ・ソナタ第三番 op.58 の演奏も聴く。わたしごときにいうことはないんだけれども、しかし終楽章、圧倒されたし、感動したね。まぎれもなく21世紀のショパンであるだけでなく、ルービンシュタインやポリーニといった、過去の最高クラスのショパン弾きとも比較したくなってしまうようなところが、ある。まあでも、大げさな絶賛は、ここまでにしておこう。2014年の録音。
ちょっと調べてみると、過去の avex への録音、全部かは知らないが、他にも既にいくつかが DG から配信始まったようだ。やったー、でも、知らなかったじゃないか、誰か教えてくれよ、ってぼっち君がいう。

オオアラセイトウ、一昨日の散歩中に撮ったもの。
昼。いい天気。
納豆と甲津原味噌による韮(ニラ)の味噌汁だけで、ご飯がめっちゃおいしい。これだけで食べられてしまう。デザートは自家産イチゴ。
コンビニでほうじ茶600mL(118円)を買う。
米屋。ハツシモ 5kg、3640円で前と同じ。あと、キャベツ丸ごと一玉(148円は安い)、飛騨の漬物×2など。
銀行ATMに寄る。初めて訪れた支店だが、駐車場が狭くてちょっときびしい。
図書館から借りてきた、大山顕監修・編『モールの想像力』(2023)読了。本書に一切そういう記述はないが、我々田舎者にとってショッピングモールの内部は、たんなるアメニティ空間ではなく、まさにキラキラした「都会」なのである。無意識的な疑似都会の幻想。それは、都市やあるいは「郊外」に住む人間には、わからない感覚なのではないか。実際の都会に、じつは(基本的に)ショッピングモールはないのであるが。
田舎では、田んぼの中にショッピングモールがあることは、めずらしくない。だから、ショッピングモールの外壁は、外部を遮断して内部の「都会」を保護する一種の「結界」なのである。わたしの家の(車で行ける)近くに、イオンモール各務原の中ほど人が集まり、ゾロゾロ歩いている場所はない。あと他にはまあ、市民公園、「学びの森」くらいか。そういう意味でも、ショッピングモールは「田舎の日常」とちがう。というか、田舎者は、それをこそ「日常」にしたいのである。そこから、都会へいけばそれが「日常」になるかも、という想像まで、もうすぐのところである。田舎では、外に人があまりいない。退屈で、活気というものが、ない。オシャレでない。と、そんな風に思っているのである。
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●日本の高校生になりきるツアーが、インバウンド観光客に人気 アニメの世界を追体験 廃校舎の有効活用にも(ロイター) - YouTube
驚くというか、さすがにその発想はなかった。しかしまあ、アニメをそこそこ観ているわたしの感覚からしても、何とも奇妙な話だよね、ちょっと信じがたい……。そこまで日本って、外から見ると(いや、アニメで見ると)不思議の国なのか。それは喜んでいいことなのか。
●ショートムービー「リコリス・リコイル Friends are thieves of time.」|第3話「Scintillation of genius」 | YouTube
夜。
●なぜ地方の若い女性は東京を目指すのか…大学生の本音とUターンの魅力を取材!人口減少ストップへ(新潟ニュースNST) - YouTube
新潟県庁の目標が到底達成不可能なものであることは明らか。「それくらいしないと」っていう、危機感の表れであることはわかる。でも、やっぱり現実を直視すべきではないか。地方の人口減少・人口流出を食い止めることは、まず不可能であることを、認めることからしか始まらない。有効な対策は(いまのところ)ない。一部地域では、いかにうまく「消滅」するか、というのが最適解である、ということもあり得る。田舎者としては、ほんとに身を切られるようにつらい話であるが。
ベストは尽くす、あとはなるようにしか、ならない。
アニメ映画『サイダーのように言葉が湧き上がる』(2021)を観る。『モールの想像力』で傑作ショッピングモール・アニメとして何度も言及されていたもの。そうね、傑作なのかな、あまり工夫のないボーイ・ミーツ・ガール作品だし、正直、ショッピングモールが舞台というのも、特に意味があるとは思えなかった。
ま、独特のポップな色使いは印象的だった。途中で何度も観るのを止めようかと思ったけれど、なんとか最後まで観られたのはよかった。平凡作という他ない。監督はイシグロキョウヘイ。87分。


