ナディン・ゴーディマ『いつか月曜日に、きっと』

曇。
 
大垣。
ミスタードーナツ大垣ショップ。ホット・セイボリーパイ BBQフランクフルト+ブレンドコーヒー415円。今日は混んでいたな。ほとんど空き席がなかった。
ナディン・ゴーディマ『いつか月曜日に、きっと』の続きを読む。白人による反アパルトヘイトというのは、いまのわたしからひどく遠いわけだし、別に読まなければいけないということはないのだが、それでも読んでいると、わたしに何も関係がないわけではないことに気づかされる。著者は南アフリカ共和国における白人ということで、それだけで少数者であり、その中で黒人解放運動に共感するということで、二重の少数者だ。その立場に彼女を至らせたのは、いったい何によるものか。自由、平等という、正義の「理念」によるものか。それとも、その国における黒人の扱いが、「感情」にとって受け入れられないからか。著者はその動機をあまりあからさまに語らないようだから、わかりにくいが、そのどちらか一方によるのみ、ではないことは明白に思われる。彼女の態度は明確だが、心中は複雑であり、それゆえにこそ著者の強靭さがあるように思えるのだ。こうしたことは、かしこい「単純バカ」のはびこる時代に生きる我々にとっても、みずからの鑢にならないではいない。

 
図書館から借りてきた、ナディン・ゴーディマ『いつか月曜日に、きっと』読了。ゴーディマを読むのに最初にノンフィクションを選んでしまったのは、まちがいだったかも知れない。まあしかし、ゴーディマについて何も知らなかったのだから、已むを得なかった。フィクションも県図書館にあるから、次はそちらを読もう。それにしても、本書表紙の著者ポートレイト、立派な顔である。おそらくは、みずからの生き方が鍛えた肖像だといっていいのだろう。浅田さんがエドワード・サイードのプロフィール(横顔)についていった言葉が、ちょっと思い出される。
 
 
自分のブログ本を読み返す。いまの自分には書けないようなことがいまとはちがった文体で書いてあって、めっちゃ元気が出る。ってアホですね。
 というわけで(?)、MyBooks.jp でまた新しいブログ本(三箇月分)を作成する。それ用に本文を修正し(ブログ本のことを考えていなかったので、多少の修正が必要だった)、注文した。ちなみに、はてなブログの場合は MyBooks.jp サイトトップページから作成するのではなく、ブログの「設定」から実行すればよいです(MyBooks.jp に事前にアカウントを作っておく必要はある)。