若桑みどり『フィレンツェ』

晴。
若桑みどりフィレンツェ』読了。西洋美術史家である著者は、本書において、街路や広場という「空間」、歴史という「時間」、そこで生きた人々の心性を留めた「芸術」を総合して、フィレンツェを描こうとしたという。困難な試みであったことは想像に難くないが、その結果、本書はきわめて密度の高い書物になった。とりわけ、メディチ家の勃興からトスカーナ公国の終焉までの記述は興奮させられ、かなり丁寧に読んだ。例えば、美術史的に云えば、ルネサンス様式からマニエリスムへの転換点はどこか。それはミケランジェロの「ドーニ家の聖家族」であると、著者はいう。実際、それまでたんなる「職人」であった画家や彫刻家、建築家が、それ以上の存在である「芸術家」になったのは、ミケランジェロが最初であった。実際ミケランジェロは、芸術家として国防にすら携わっている。
 もっと大きい歴史から考えると、ロレンツォ豪華王の死んだ一四九二年は、歴史の大きな転回点であった。グラナダの陥落。コロンブスの新大陸発見。これ以降の世界史は、ヨーロッパとその植民地争奪を軸として展開=転回する。フィレンツェは相対的にその地位を低下させ、強力な統一国家であるフランス、ドイツ、スペインが表に出てくるようになる。そのことをイタリアにおいて唯一理解していたのは誰か。それはマキャヴェッリだけだったろうと、著者はいうのだ。
 もちろん、本書は美術史的な考察は本領である。その新鮮さも、本書の大きな魅力のひとつであると云えよう。


日本の読書家というのは、どうも文学に偏重しているな。歴史はともかく、哲学も読まない。理系の分野など、鼻も引っ掛けない。いいことなのか悪いことなのか。