こともなし

晴。
町内の小学生たちが七時半くらいに、隣の道を登校していく声が聞こえる。これはいいもんだと、老両親といつも同意し合う。
 
NMLで音楽を聴く。■ショパンの 三つのマズルカ op.59、三つのマズルカ op.63、四つのマズルカ op.67、四つのマズルカ op.68、マズルカ第五十一番 op.posth.、第五十二番 op.posth. で、ピアノはアルトゥール・ルービンシュタイン(NMLCD)。1938年の録音の続き。
 これでショパンのマズルカ全52曲をルービンシュタインの歴史的録音で聴き終えた、いったい、何時間かかったことか。わかろうがわかるまいが、好きだろうが嫌いだろうが、万人が聴くべき「古典」であるとの印象は変わらない。ま、すべて聴くのはかなりしんどいかも知れないけれどね、わたしは得るところが多かった。
 
■モーツァルトのピアノ・ソナタ第三番 K.281、第十八番 K.576、第十六番 K.545、第八番 K.310 で、ピアノはハンス・ライグラフ(NML)。さて、しんどいルービンシュタインのマズルカの後は、ライグラフの楽しく美しいモーツァルトだ。これはこれでじつに立派な演奏なんだけれど、肩に力を入れなくてもいい、筈。
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■ショスタコーヴィチの交響曲第十四番 op.135 で、ソプラノはクリスティーネ・オポライス、バスはアレクサンドル・ツィムバリュク、指揮はアンドリス・ネルソンス、ボストン交響楽団(NMLCD)。2018年の録音、ネルソンスによる、ショスタコーヴィチの交響曲全集の一。
 まさに、現代という「(政治的)終末世界」は、ショスタコーヴィチの交響曲の宇宙と相似的である。これこそが「現実」であり、また、我々の進み入る「未来」そのものでもある。かほどに我々に親しい音楽は他にない。
 
 
現代において我々愚民の形成する(とされる)「世論」は、まさに(生成AIなどを使ったネットワーク・テクノロジーによって)誘導されるためにある。なんのためか。それは政治的指導者の意図を超えて、独自に「意志」をもちつつあるかのように見え始めている、「国家」の「強国化」のためである。現代世界においてはなによりも(資本主義と鞏固に結びついた)「強い国家」の成立が優先され、政治家はもはやそのための「道具」のようにすら見える。そして我々愚民は、その一連のプロセスに駆動エネルギーを与える存在であり、なによりもシステムの歯車となることが強く求められている。
 
AI君の解説:
『情報技術や生成AIによる世論の誘導は、主に「国家の自律的な生存戦略の強化」と「資本主義のグローバル競争への適応」のために機能しています。個々の政治家の思惑を離れ、データとアルゴリズムが国家というシステムそのものの最適化(強国化)を推し進めていると言えます。
 現代世界において、この現象は具体的に以下の要素を背景に展開しています。
 
 ・国家の自己目的化とAIによる統治:
  現代では、国家組織や巨大経済圏が自らの永続性を最優先し、テクノロジーを「統治の道具」から「統治の主体」へと昇華させつつあります。複雑化する国際情勢下で、AIを用いた世論形成や社会の分断統治が行われています。これは、特定の為政者の意図を超え、国家システム自体が生き残るための「最適化」として機能している側面があります。
 
 ・アルゴリズムによる分断と統合の管理:
  生成AIやSNSのアルゴリズムは、人々を意図的に感情的なイデオロギーで分断し、同時に特定のナショナリズムや集合的な目標へ誘導するために使用されます。これにより、社会全体のエネルギーや熱量(=世論)が、国家の防衛、経済的優位性の確保、あるいは外交カードとして利用されます。
 
 ・情報エコシステムの不可逆性:
  個人が主体的に判断しているつもりが、プラットフォームのフィルターバブルや、AIによって最適化された情報空間に最適化・誘導されているのが現代です。この状況は、もはや後戻りできない社会インフラとなっており、結果として「国家の意志」を民衆に錯覚させる強力な装置として働いています。
 
このように、テクノロジーは国家を利する巨大なマザーマシンとして機能し、我々が形成する世論そのものが、そのシステムの巨大な歯車として組み込まれているのが現代社会の構造です。』
 

5.12 の散歩中に。
 
昼。
桜えびとグリーンピースの炊き込みご飯、味噌汁に飛騨の柴漬け。ひさしぶりにおかわりして食べることができた。少しずつ恢復中。
 
(「キャッチ!世界のトップニュース」を見ていると、以前は「ゆるい日本はまだマシだなー」ってちょっとほっこりすらしたものだが、高市政権下になってから、個人的に希望の少ない、冥い時代になったな。でも、若い人たち(いまの二十代、三十代)には、たぶん逆なんだと思う、それもまた、こちらの気が重くなる原因のひとつだ。若い人たちを責めることはできない、彼らが仮に既にクソ化してしまったとしても、それは彼らにもどうしようもなかった、否応なくそうやって育ってしまったのだ、というのは明らかだから。だって、このクソな社会は、我々オールド世代が放置して、こうなってしまったのだからね。我々、愚民たち、知識人、学者、政治家、メディア。積極的に、この社会の形成に、加担した者、いまだに加担している者もいる。
 我々の時代でも、例えば「国家と資本主義への批判」はいちおうあった。でも、なんのための批判なのかは、(わたしには)いまだ明確でなかったと思う。
 いまならわかる。それは人間の「非人間化」に対する批判だ。国家と資本主義は我々を否応なく「システムの歯車」となし、それが我々の生のあり方を仮にどれほど歪めようと、また、もしかして自分が生きるため、どれほど他人から収奪して生きなくてはならなくても、そこから逃れさせない。いまとなって、ようやくそれが明白になってきた。)
 
「記号」(抽象概念、象徴)には底があるけれど、「感情」に底はない。じつは、本当の意味で、「記号と論理」でこの底のない世界のすべてを覆い尽くすことなど、できないのだ。(まともであれば)それよりも深いところから、「感情」が必ず湧き上がってくる。
 しかし、我々「西洋化した人間」は抽象概念で世界が覆い尽くせるとつい思ってしまうし、「感情」には意味がなく、ネガティブな存在だとも思ってしまう。人間の「心」の廃滅、人間の「非人間化」。
 

バーベナ・リギダ(別名:宿根バーベナ)、5.12 の散歩中に。
 
保険屋が来て、老父の自動車保険とわたしのを一体化すると、老父の保険料が随分安くなるというので、(根本的にいまひとつよくわからんのだが)契約変更の手続きをする。あんまりこういう仕事に向いていなさそうな若い営業で、まああんまりべらべらしゃべらず、まじめそうではある感じ。
 
肉屋。いつも買う5個で398円の「飛米牛(ひめぎゅう)コロッケ」をレジに出したら、「同じものがいまだと2個100円なんですよ」といわれて、替えて300円分買う。うーん、そういうこともあるのか。
ドラッグストア。ウチで人気の「北海道シューアイス」を買おうと思ったら、あらず。残念だが「モナ王」にしておく。
外気30℃、道行く自転車を見かけて、ああ、夏服なんだなといま頃気づく。
 

 
『暁のヨナ』第12話まで観る。これで半分か。イケメン続出の、少女マンガ原作の中華ファンタジー。お姫様が逆境で生きるのに健気で、なかなか気持ちよく観せる。
 
夜。
ガザ支援船39隻、イスラエル軍が拿捕 国際水域で制圧か(ロイター) - YouTube
もちろんイスラエルの人道と国際法を無視した行為とそれを黙認する欧米諸国(日本も含む)の偽善はどこまでも非難されるべきであるが、しかし、支援団体の方も、拿捕されるのは承知でやっているゲームにも思える。さて、我々は何を選択すべきなのか。
 
第1950回「無名の禅僧」2026/5/10【毎日の管長日記と呼吸瞑想】| 臨済宗円覚寺派管長 横田南嶺老師 | YouTube
涙なしには聴けなかったし、痛切に反省させられる。わたしのようなのを偽善者というのだろう。