山室静『北欧の神話』

晴。

バッハのフランス組曲第一番 BWV812。ピアノの先生が生徒獲得のため You Tube にアップした自分の演奏らしいが、結論的に言うと僕ならこの先生には就かないだろう。技術的にはともかく、平板な演奏というのはこういうものだという見本のような演奏である。これでは音楽になっていないのである。しかしバッハの音楽は大したもので、こんな演奏でもそこそこ聴けてしまうのがすごい。

バッハの無伴奏チェロ組曲第一番 BWV1007 で、チェロはミッシャ・マイスキー。口直しというわけなのだが、それにしてもすばらしいね。マイスキーは何だかえらく若いけれど、何と見事なバッハだろう。この人は人気実力ともに当代一のチェリストであるが、才能ある若手と積極的に室内楽をやっているのがえらい。若い演奏家がどれくらい勉強になることか。この動画は再生回数が2000万回に近く、こんな膨大な数字はクラシックの動画ではめずらしい。もちろんそれだけのことはある。

モーツァルトのヴァイオリン協奏曲第三番 K.216 で、ヴァイオリンはヒラリー・ハーン、指揮はグスターボ・ドゥダメル。これはいい演奏だ。ハーンは第一楽章、第二楽章ではちょっとおとなしいが素直な弾きぶりで不満はないし、終楽章では気持ちが乗ってきてとてもいい。それに、ドゥダメルのサポートがじつにチャーミング。この演奏の魅力の半分はドゥダメルの好サポートのおかげだろう。この曲ってどんな曲と問われたら、この演奏を挙げてもいいと思う。

シベリウスのヴァイオリン協奏曲ニ短調 op.47 で、ヴァイオリンはサラ・チャン、指揮はヤープ・ヴァン・ズヴェーデン。この曲は自分は「もっとも危険なポピュラー曲」だと思っていて、演奏者によってポピュラー音楽なのか、危険な音楽なのか分かれることになる。この演奏はポピュラー音楽としてのそれというべきであろう。それとして聴けば、気合の入った見事な演奏であると思う。ヴァイオリニストが弾き終えた瞬間、会心の笑みを浮かべているとおりだ。ただ僕としては、この曲からは死者の声が聞こえてくる、そんな曲だと思っているのだが、この演奏にはそうしたところはまったくない。あの終楽章がただ元気なだけの曲として弾かれているのを聴くと、冷たい気持ちになってしまう。まあしかし、自分の感覚が正しいとは限らない。とにかくこの曲は人気があるのだから。

昼から仕事。好天。
山室静『北欧の神話』読了。北欧神話でいちばん惹かれるのは、いわゆる「神々の黄昏」があることであろう。これはラグナレクと呼ばれ、すべての神々が闘い、死ぬ日であり、世界は滅亡する。北欧人は、どうしてこのような神話を拵えたものか。すぐに考えつくのはキリスト教、そのヨハネの黙示録の影響であろう。ただ、キリスト教ではそれはキリスト教徒の待ち望む日であり、そこでは最後の審判が行われて選ばれたものは天国へ行けることになる(そしてすべての異教徒は地獄へ落ちる)。それに比べると北欧神話の「神々の黄昏」は徹底していて、すべては滅び去ってしまう。そしてそのあとで世界は再生するようだが、自分にはこれは余分にも見える。仏教にも「末法」という考え方があり、世界は時代が進むにつれ悪くなっていくと考えられている。これらは現代の進歩思想の正反対にあるものであろう。まあ事実として世界にいつか終わりは必ず来るし、人類が滅びることも避けることはできない。これは物理学の教えるところである。それとは切り離しても、必ずしも皆が思っているようには、世界はどんどんよくなっていくわけではないのではないか。少なくとも、そういう考えを抱く方が健全であるようにも思われる。なんだか本書とは関係のないことばかり書いてしまった。本書はコンパクトにまとまったいい本で、読みやすくとても勉強になりました。

北欧の神話 (ちくま学芸文庫)

北欧の神話 (ちくま学芸文庫)