カラヤンの振るハイドン/佐々木俊尚『キュレーションの時代』/玄侑宗久、有田秀穂『禅と脳』

曇。
イオンの写真屋と本屋。BOOK OFF。
佐々木俊尚『キュレーションの時代』読了。評判通り洵に刺激的な本で、叙述も巧みだが、云ってみれば徹底して表層の話。自分にはネット時代の「無意識」の変化の方が気掛かりだ。また、これだけネットの力が大きくなってくると、著者のようにネット文化を自在に享受できる人はいいが、「ネット弱者」(ネットと上手くつき合っていけない人たち)も、これから必ず出てきて、問題になるだろう。そのことも、そろそろ考えるべき時期にきていると思われる。

玄侑宗久と有田秀穂の対談集『禅と脳』読了。セロトニンかあ。ふーん。
禅と脳―「禅的生活」が脳と身体にいい理由

禅と脳―「禅的生活」が脳と身体にいい理由


カラヤンの振るハイドンが、ようやくわかってきたような気がする。ハイドンがというより、もっぱらカラヤンが、であるが。ここではカラヤン独特の、細部まで磨き抜かれた音は、あまり気にならない。意外とカラヤンの音楽が沸き上がってくる芯は、ざらざらしているのではないか。またこのように、ハイドンの巨大さ、音楽史にも稀な巨大さを十全に表現できる音楽家は、少ないと思う。ハイドンの面白いところのひとつは、シンプルな部分と対位法的な複雑さの混淆だと思うが、ここでのカラヤンの対位法的な複雑さの表現には、圧倒される。じつに見事だ。カラヤンは「精神的ではない」と評する人は少なくないが、自分にはこれの意味するところがあまり判然としない。あの「一律のサウンド」が嫌いだ、というのだが、そこにばかり注目するのは、変なような気がする。
流動的知性の「流動性」を、常に途切れないようにすること。