スティーヴン・ミルハウザー『ある夢想者の肖像』

曇。
このところ七時間は寝ないと済まない。それから、明け方見た夢をはっきりと覚えているようになった。
音楽を聴く。■モーツァルト:ピアノ協奏曲第十三番 K.415(内田光子、テイト、参照)。この曲集での内田光子はどちらかというと退屈なのだが、それとは別に、自分はモーツァルトのピアノ協奏曲がどれも好きなのだと思う。吉田秀和さんの仰ったとおり、つまらない曲はひとつもない。二十番台はすべて傑作だし、じつをいうと個人的には若い番号のが好きだ。なんとなく頭に浮かんでくるフレーズが、モーツァルトのピアノ協奏曲だということが時々ある。■ベートーヴェン:四つの歌曲(tr17〜tr20) (ヴンダーリヒ、ギーゼン、参照)。ヴンダーリヒの若い瑞々しい声がいい。ドイツ・リートというのは、今の時点で聴くと素朴なものだな。現代の流行歌の、脳の快楽中枢を直接刺激してくるような作りとはだいぶちがう。どっちがいいとか云うわけではないのだが。

世界のすべての表層を知性が覆っていこうとしている。深さは許されない。奥には暴力。僕は現代のアイドルの存在がおもしろいと思う。あれは暴力の噴出に近い。例えば、アイドルは右翼的な「力」と親近性がある。国家への暴力装置の集中。今のイコンで、アイドルほど国家的なものも少ない。例えば、日本のアイドルは日本を代表し、表象する。おフランス的に云えば、再現前化。僕は知らないが、ネット右翼とアイドル・フリークが重なっているなんてことは、ないのであろうか。
 オーウェルの「1984」は正確だった。極度の管理社会が既に実現しようとしている。何も考えない者は、何も気づかない。そういうように、うまく出来ている。しかし、管理する積極的な主体はない。安倍首相が管理するわけではなく、彼もまた無意識にそれに関与しているにすぎない。今の官僚のあり方は、それを考える上でかなり参考になる。官僚たちは官僚支配に向けてすべて同じ方向を向いているが、積極的な統率者は存在しない。しかしそれは、あるクラスの利益になるようになっている。
 無意識的な、自発的な、非統率的な管理。これこそ究極の管理ではあるまいか。おもしろいことに、いわゆる「テロ」組織も、鏡で映したようにこれと相似形なことである。すべてが同じ方向を向いている。
 エリートたちと管理。エリートたちは国家の婢だ。それはほぼエリートの定義に等しい。エリート主義者は国家主義者、管理主義者に他ならない。例外はない。国家にとって、これほど都合の良い人たちがあるだろうか。
 自由というのはある意味個人の問題であり、心の問題である。であるとして、今の日本で自由な人はどれくらい居るか。10人よりは居るであろう。しかし 100人はおるまい。そんなものであろう。少なすぎるか? どうなのであろう。
 こうなると、どうしても資本主義を考えざるを得なくなる。それも経済学的にではなく、哲学的、形而上学的に。それは今では、古くさいこと、無意味で有害なことだと思われている。それは正しいのかも知れないが、どうも避けては通れないような気がする。柄谷行人をバカにする、あるいは無視する風潮。
 しかし、柄谷行人だけではダメだ。何かが足りない。柄谷行人の感性には何かが欠けている。あれは巨大な仕事ではあるのだが。例えば柄谷行人の仏教理解はお話にならない。そのあたりである。別の言い方をすれば、柄谷行人形而上学が消滅してしまうところでは、何も考えられない。しかし、形而上学は世界の原初ではない。既に二次的操作である。そのあたり。
 暴力をどう捉えるか? 暴力は始原的なものである。本質的に、言葉で捕獲することはできないのではないか。言葉を使っても、肯定するか否定するか、そんなことになるしかない。それでは実際の暴力に負けてしまう。暴力はどこにでもある。遍在する。浅田彰さんは「構造と力」と言ったが、その「力」である。さて、浅田さんはどう言っていたのだっけ。
 メチエとは「力」の操作であろう。それは可能である。

図書館から借りてきた、スティーヴン・ミルハウザー『ある夢想者の肖像』読了。柴田元幸訳。超絶的につまらなかったので、途中からは斜め読みするしかなかった。訳者はあとがきで、「すべての読者をまんべんなく喜ばせることはなくても、一定数の読者を強烈に魅了する本だと確信する」と述べられているが、自分は本書に選ばれなかったことを確信する。ところどころ惹きつけられるところはある。真夜中に友人の家に入り込んだり、拳銃自殺の寸前までいったり、エリナーと幻想世界に浸っているところなど。自分の両親が下らない人間だと何度も認識し、うんざりしているところなども、まだわからないこともない。人生など退屈であり、退屈に退屈するほど退屈だというのもまあよい。しかし、エリナーが回復したところで本書への集中が途切れてしまった。結局、怒涛のような退屈。本書に選ばれた人は幸いである。