山本義隆『世界の見方の転換3』/岡崎武志『貧乏は幸せのはじまり』

曇。
音楽を聴く。■シューベルト:ピアノ・ソナタ変ロ長調D960(ケンプ、参照)。悪かろう筈がない。■レーガー:ヴァイオリンと管弦楽のための組曲op.103a、スケルッツィーノ(フォルヒァート、シュタイン、参照)。

山本義隆『世界の見方の転換3』読了。ようやく全巻を読み終えた。これで、『磁力と重力の発見』『一六世紀文化革命』に続いて、三部作が完結した。それにしても、厖大な仕事であり、それも科学史として第一級のものであることは疑いない。この分野の本で、これほどまでに総合的であり、レヴェルの高いものは、欧米にもあるまいと思われるほどである。よくも日本にいてここまでやれたものだ。恐るべき知的膂力であると云う以外にない。
 第三巻の本書では、いよいよティコとケプラーの登場であり、読んでいて興奮させられた。ティコの観測技術の高さをいったい何がもたらしたのか、技術的なことまでバッチリ書かれているし、ケプラーに至っては、ケプラーの思考過程にまで踏み込み、現代的な数学表現まで与えてある。これを読むと、科学史上画期的な、惑星の軌道が楕円であることの発見(ケプラーの第一法則)には、エカントの物理的解釈がブレイクスルーになっていることがわかり、驚かされる。なるほど、従来の天文学でわかりにくかったエカントの導入に、かくして根拠を与えることが重要だったとは、後知恵ではよくわかるのだが。(ただし、巻末の数学的補遺も含め、数学的には高校数学をマスターしていればそれ以上の知識は必要ないが、ケプラーの思考過程は難解なので、自分もざっと目を通したに過ぎないことは断っておく。)そして、仮説を出して、実際の定量的な観測でそれを確認するという、まさしく物理学の誕生が、ここケプラーの段階で始まったことが宣言されるのだ。著者の言うとおり、影響が大きかったのは(実験を導入した)ガリレオの存在であることは、今でも変わりがないが、物理学の誕生に関するケプラーの貢献は、それでも画期的であったわけである。
 なお、物理学一筋に見える著者の姿勢だが、本書を読んでいれば、著者の幅広い読書範囲は明らかではあるまいか。文化的背景に関する理解も、明示的でないだけで、自分はしばしば驚嘆させられた。自然と「教養」が滲み出ているのだ。幅広い読書を嘲笑すらする最近の書き手にはない、深い文化理解が見られる。著者は誇示しないが、例えば古典だって、文学すらも、著者は幅広く読んでいるわけですよ。それでこそ、第一級の思考力が引き立つのである。皆さん、是非この三部作を読んでください。

岡崎武志『貧乏は幸せのはじまり』読了。ああ、面白かった。これを読んでいると、上手く貧乏するには、才能がいるなと思わされた。そして上手く貧乏すれば、それは意外に(精神的に)豊かで、楽しく暮らせる(巻末の、著者と萩原魚雷さんとの対談にはびっくりした)。もちろんサマセット・モームが言ったように、お金とは第六感のようなもので、これがなければ他の能力は働かない、だから、ある程度のお金はあった方がいいというのも、これまた真実であろう。それは充分に認めつつも、もしかしたら日本人は、上手く貧乏するようなDNAを持っているのではないかと思う。今は世界的に貧富の格差が広がる時代であり、それが止められない(経済成長よりもマネーの増殖の方が速い)というのは学問的にほぼ実証されていると言ってよく、日本も確実に(かつ急速に)そうなりつつあるが、それゆえ日本人は上手く貧乏する「型」を、きっと確立せねばならないだろう。何だか大袈裟なことを書いてしまったが、本書はそれを既に実践していると云っていい。しかし、これは東京であるからこそ可能であるとも云えるかも知れない。地方というのは、今や都会以上に貧乏しにくいところである。何とか食っていけるということを可能にする、余裕がないのだ。このままだと、最終的に日本は極点社会化し、都会に人口が集中することであろう。特に、前にも書いたが、地方から若い女性が大量に都会へ流出するトレンドになってきている。ホント、田舎はこれからどうなるのだろうか。本書の感想としては暗いものになってしまった。いや、岡崎さん、御免なさい。