晴。
音楽を聴く。■バッハ:オーボエ・ダモーレのための協奏曲BWV1055(ホメル)。ピアノなどでも弾かれる曲だが、こうしてオーボエ・ダモーレで聴くと、またちがった魅力がある。第二楽章などは、この楽器にぴったり。オリジナルはどちらなのだろう。
- アーティスト: Johann Sebastian Bach,Helmut Müller-Brühl,Cologne Chamber Orchestra,Christian Hommel
- 出版社/メーカー: Naxos
- 発売日: 1997/08/05
- メディア: CD
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イオン。BOOK OFF。川田順造先生のエッセイ集を105円で。酒屋。
図書館から借りてきた、蓮實重彦『表象の奈落』読了。副題「フィクションと思考の動体視力」。本書の七割は腹を立てつつ読んだ。そうもあからさまに頭のよいところを見せつけなくてもいいだろうという、狭量な精神ゆえである。嫌味だしね。しかし、「エンマ・ボヴァリーとリチャード・ニクソン」にはやられた。こう笑わされては、もうダメである。凄い。サールだのローネンだのトマソンだのライアンだのウォルトンだのドレゼルだのシェフェールだの、英米系の文学・言語理論の研究者たち(自分は名前も聞いたことがない人物が殆どだが)に、著者は本気で苛立っている。こちらは笑ってしまうのだが、彼らはその理論の文例に、なぜかニクソンだのレーガンだの、アメリカ大統領の名を好んで召喚するのだ。それだけでも爆笑ものなのだが、彼らはなぜかさらに、著者の愛読するフローベールの『ボヴァリー夫人』を、例に使うのである。その読みが(笑えることに)例外なく陳腐かつ紋切型、著者に読みの「素人」さ加減を糾弾されているのだが、著者は本当は、「お前ら、当の小説を読んでいないだろう!」と言いたかったにちがいない。あはは、文学・言語理論というものも、大変なシロモノですなあ。業界の楽屋裏というものがあるのだろうが、まったく愚劣なことで、気の毒としか言い様がない。まあ、著者くらい実力がなければ、できないことではある。感服しました。
こうなってみると、残りの文章は感嘆また感嘆、自分の頭の悪さなども忘れて、素直に楽しみました。しかし、「「『赤』の誘惑」をめぐって」という文章なども恐ろしいまでの超絶技巧、こんなことは世界でも著者にしか出来ないだろうし、バルトを巡っての文章もいい。著者への態度が正反対に変ってしまう読書体験でした。昔読んだ本も読み直してみるか。でも、どうも最近のやつの方がよさそうな気もする。
- 作者: 蓮實重彦
- 出版社/メーカー: 青土社
- 発売日: 2006/11
- メディア: 単行本
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それから、本書でも農協批判がなされている。もう農協批判は聞き飽きた。昔から散々云われていることである。改革できるなら、具体的にどうすれは可能なのか実行して見せて欲しい。言うだけなら自分でもできる。
- 作者: 本間正義
- 出版社/メーカー: 筑摩書房
- 発売日: 2014/01/07
- メディア: 新書
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