岐阜県美術館へ「走泥社 再考」展を観にいく / 「APPLESEED アップルシード」(2004)を観る

祝日(成人の日)。晴。夜のあいだに雪になったらしく、朝起きたら外は一面真っ白。1~2cm くらい積もっているようだ。
朝食を取ったあと、カップに牛乳を入れて自室にもっていくのであるが、階段でけ躓いて派手にこぼしてしまった。
 
高度資本主義の無意識の憂鬱を、インターネットが可視化する。メディア(本、テレビ、新聞、ゲーム機、スマホ、美術館、映画館、インターネット、等々)によるコンテンツが、そもそもの元だ。消化し切れない部分が澱(おり)のように、憂鬱を生んでいく。インターネットによって、お互いのその無意識の憂鬱を、感染させ合い、深く心の底に沈めていく。
 とか、いってみただけ。
 惑星規模の憂鬱なんて、どうでもいい。ぼくは今日も一日なんとか過ごして、適当なコンテンツで元気になるだけ。インターネットによる精神感染なんて、知らないし、ほんとどうでもいいさ。
 てか?
 

 

岐阜県美術館へ、「走泥社 再考」展を観にいってきた。わたしは走泥社について何も知らないが、さすがに八木一夫の「ザムザ氏の散歩」(1954)くらいは知っていたので、その実物が見られるんだというほどの気持ちで、いってきたわけである。結果として、大成功でした、めっちゃおもしろかった。かつて前衛陶芸なんてものにおもしろさを感じたことはなかったが、八木一夫や山田光、鈴木治クラスになると、全然ちがう。これらが展示されている会場の前半が特におもしろく、後半はふつうの「ただの前衛陶芸」で、だいぶレヴェルが落ちていた。展覧会は 2.18 までやっているので、近くの方はお勧めである。一般1000円。あと、所蔵品展も観てきた。県美は山田光の作品を結構もっているのだな。

 
ついでに隣の県図書館を訪れて、『新潮』誌2月号の、浅田彰ロングインタビューを読んできた。『構造と力』文庫化に際してのそれで、ロングインタビューといっても、浅田さんの手が入っていると思しい、ちゃんとした文章である。頭がよいというのも、ここまでいかないとね、って感じで、爽快極まりなかった。しかし、惜しい、浅田さんがここまで頭がよくなく、反省意識が希薄であれば、もっといろいろおもしろい仕事をされたろうに。だって、本なんてのはミシェル・フーコー大江健三郎レヴェルの人が書けばいいので、なんていうんだからね。まあ、わたしも、そりゃそのとおりというしかないのではあるが。


 
あたりを散歩する。以下、どうでもいい散歩写真。




















外気は7℃、いい天気だったが、薄着なので寒いことは寒かった。
 
さても、前衛陶芸といっても、前衛なのか、プリミティブなのか、わからなくなってくるようなやつがおもしろい。もちろん西洋のアヴァンギャルドにもプリミティブが入っているのだから、当然といえば当然なのだ。その流れの、イサム・ノグチピカソの陶器も少しだけあったな。モダニズムポストモダンだけの「前衛陶芸」は、わたしにあんまり響いてこない。
 

 
夜。
U-NEXT で『APPLESEED アップルシード』(2004)を観る。フル3DCG で最初は人物にひどく違和感があったのだけれど、段々と慣れたな。メカとか戦闘の迫力はすごかった。話は壮大な背景をもっているけれど、さすがに105分ではムリがあった感じ。
 士郎正宗の原作は読んでいないが、わたしの若い頃の同時代であり、友人が読んでいたとか、知ってはいたから懐かしい。のちの『攻殻機動隊』ほどはメジャーにならなかったけれど、世界観は共有しているようだ(『攻殻機動隊』の100年後の世界)。海外でも高く評価され、日本の SFマンガを代表する作品のひとつといっていいのだろう。