高橋英夫『京都で、本さがし』

晴。

NML で音楽を聴く。■バッハの管弦楽組曲第三番 BWV1068 で、指揮はジョン・バット、ダニーデン・コンソート(NMLCD)。■ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第三十番 op.109 で、ピアノはエレーヌ・グリモーNMLCD)。決してスタンダードになり得る演奏ではないが、また、グリモー以外では聴けないアプローチでもある。全力投球で力を込めた、割れそうに力強いベートーヴェン。op.110 の録音も聴いてみたくなったというのが正直なところだ。

昼。
ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第三十一番 op.110 で、ピアノはエレーヌ・グリモーNMLCD)。この人はちょっと「ちがう」ピアニストだな。■フランクの交響詩「アイオロスの人々」で、指揮はアンドレ・クリュイタンス、ベルギー国立管弦楽団NML)。初めて聴く曲だが、クリュイタンスの指揮はフランクにしてはあっさりしているようにも聴こえる。

■フランクの交響詩「贖罪」、交響詩「呪われた狩人」で、指揮はアンドレ・クリュイタンス、ベルギー国立管弦楽団NML)。フランクの知らない曲ばかりで、なかなかよいアルバムだったな。

昼寝。


図書館から借りてきた、高橋英夫『京都で、本さがし』(1999)読了。高橋さんが、我が小説家というのは大岡昇平だ、でも、結局自分は小説読みではない(とまでは明記されていないが)のように書いておられて、ああと思った。つまり、小説より評論、その手のものを好んできたということで、わたしもまったくそうだなと共感せずにはいられなかった。自分の世界を開いた存在が小林秀雄というのまで同じである、が、わたしの方はさすがに古くさすぎるけれども。そんなこんなで、わたしは高橋さんの知的世界に、ほとんどノスタルジアを感じる。ほんと、(できるなら)こういうものだけ、わたしは読んでいたかったのだなと思うのだ。高橋さんが小説読みでないというのは謙遜だが、わたしはというと、小説をこれまでたくさん読んできたけれど、いまだに文学というものがわからない。ちなみに、大岡昇平は、文庫本で手に入る限り、わたしは読んできた。『レイテ戦記』は詳細かつ膨大な戦記(にして小説家の「夢」)であるが、いまでもかなり中身を思い出せる、と思っている。

高橋さんの文章は自分については謙遜というか、控えめで、よく節度を保っている。本書の数年前に奥さんを亡くされているが、思いはよく感じられるけれど、感傷めいたことは決して直接書かれない。万事がこうした感じで、あつかましく威張っていて、なにもかもが垂れ流されているインターネットとは、だいぶちがう。わたしたちは感情の面で、よくも悪くも子供になったのだなと思わずにはいられない。


シューマンのピアノ協奏曲 op.54 で、ピアノはエレーヌ・グリモー、指揮はデイヴィッド・ジンマン、ベルリン・ドイツ交響楽団NMLCD)。第一楽章いちばんの聴きどころであるカデンツァがグダグダなのがじつに惜しい。それくらい感動的な演奏だった。グリモーは瞬間に生きるタイプのピアニストで、全体的な調和とか、そういうことを聴くのではないと思う。これはどうかな、よくないという瞬間のあとに、すばらしい瞬間が来たりする。そういう意味で(のみ)、初期のアルゲリッチを、思わせないでもない。いやー、よかった。なお、ジンマンの指揮も気合が入っていて、よくグリモーのピアノに合っていた。


夜。
中二病でも恋がしたい!戀」(2014)第3話まで観る。2期。あー、これいいな。思わず笑えるところもあるし。