こともなし

晴。
早起き。解熱剤を飲んで寝たせいか、ふつうに寝られた。
わたしは高校生で、勉強もしないで成績が下がっているのに、大言壮語しているという夢。高校のときの友人も出てきて、そこはなつかしかった。頭がよいとか成績とか、貧しい夢ではあるが、そんなことをいまだに自分で気にしているということだな。大人になっても頭がよいとかどうたら、あまり気にしたくはないことだが、子供にとって「勉強ができる」とか「成績」とかは、本当に心配事である。メリトクラシー批判とかも行われているが(周知のごとくサンデルなどがよく読まれている)、そもそもそういう議論ができるのが、頭のいい人でないとむつかしくなっているわけで。それで(あまり関係ないが)思い出したのだけれど、最近のフェミニズムはむずかしすぎて、論者が高学歴化しているっぽいのが草。結局フェミニズムも、頭のよい人が下々に分け与えてやるという構図を拭えないのか知らん。

ま、わたしはといえばごろごろぼーっとしすぎて、アホになっているだけなんですけど、ハハ。


ドラッグストア。マックスバリュ。肉屋。
二日間寝ていたら脚が弱った。まだ暑くて、なかなか散歩できないな。秋めいてきたのは確かなので、そのうち歩けるようになるだろう。
それにいくらインターネットがあっても、部屋に閉じ籠もっていると頭がおかしくなる。世界が自分の脳内の情報だけで完結するように思われてくる。ま、でも、これは人によるかも知れない。


ミスタードーナツ イオンモール扶桑ショップ。エンゼルクリーム+ブレンドコーヒー429円。『コレクション瀧口修造7』を読み始める。月報の赤瀬川原平さんの文章に感銘を受ける。赤瀬川さんは例の「千円札裁判」の件で瀧口さんに面識を得たそうだ。というか、困り果てて頼み込んだというのが正確らしい。そしてここで瀧口さんの印象を書こうとして、うまくいえない。言葉というよりは、人柄の人、存在の力、「あいまい」の人。そんなことをいって、「困りますよ瀧口さん」と、赤瀬川さんは匙を投げている。わたしも、文章を読んだだけだが、何となくわかる。瀧口修造の言葉の力もすばらしいけれど、とにかく文体を通じても、どこか純粋さと底知れぬ奥深さをもった人格を感じる。たぶん、そこにいるだけで、誠実な魂の力が感じ取れるような、そんな人だったにちがいないと、想像されるのだ。何者でもない人といえば褒め言葉に聞こえないかも知れないが、瀧口修造は極少数者のための、偉大なる「何者でもない人」だったのではないかと、わたしには思われる。いまでは、もうこんな人はいないといえば、蛇足だろうか。

 
まだ34℃あって散歩にはつらいが、木陰なら歩けるかと思って三井山公園を訪れてみた。10分あまり歩いただけだが、思ったよりもずっと解放感があった。以下は平凡写真。








 
帰りにカルコスに寄る。念頭にあった岩波文庫カール・シュミット)と新書本は共にあらず。ちくま文庫新刊の山崎佳代子さんと、これは店頭で見つけた山下裕二さんの新書本を購入、これはひさしぶりに納得のいく買い物でした。


夕飯のための米を研ごうとして計量カップで計ったところ、4分の1カップ分、床にぶちまけてしまった。大失敗笑。

夜。
輪るピングドラム」第15話まで観る。うーん、だいぶ見えてきたが…、どうなるんだ、これ? すごいな。