「蓑虫山人 各務原を行く」の展示

曇。
昨晩は中沢さんを読んで寝た。
毎日、目が覚めると自分がバカ化していくのがわかる。「表象文化論」という言葉があるし、また昔蓮實重彦に『表層批評宣言』という本があったりしたが、自分から深層が失われていくのを感じる。人工的な表面的イメージが世界を覆い尽くしていく。深さというのは自然なのだということを実感する。つまり、自然が失われれば深さも失われる、というわけだ。
 
人間から(男女のちがいや本能や生殖など)動物性を排除すること。こういう考え方は、フェミニズムと相性がよい。人間はそのうち人工物と成り果てるだろう。こういう流れは、人間など元から生まれてこない方がよいという、反出生主義と相性がよい。滅亡の日も見えてきているのかも知れない。正義の要請であるから、どうしようもないのであるが。
 
 
スーパー。9月3日から15日まで、改装工事のため休業だってさ。
 
春陽堂書店HP連載「オカタケな日々」の書籍化第二弾が出るのだな。よかった、これも購入して応援しよう。
 
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ウチの芙蓉。
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同じく木槿ムクゲ)。
 
お隣の畑が草まるけでひどいことになっていると思っていたら、おじいさん腰を痛めやさったそうで。若い人は草取りなどしない。ウチも老両親が暑い中がんばって草取りをしているのだが、なかなかに追いつかないので、わたしもやらんとな。わたしは自然のまま草など生やしておけばいい派(わたしは武蔵野を皇居の庭に再現した、昭和天皇主義と呼んでいる笑)なのだが、冷房の効いた部屋で穀潰ししているのもさすがに気が引ける。👈って何このクズは。
 
セミの鳴き声が減ってきたな。ツクツクボウシの割合が増えてきた。
 

 
昼、驟雨。図書館。玄侑さん三冊(既読のものもあるかも知れない)と、川上未映子さんの小説一冊を借りる。
 
図書館 3F の企画展示室で、「蓑虫山人 各務原を行く」の展示(無料)を見る。楽しい企画で、見てすっきり気が晴れた。
 蓑虫山人(1836-1900)は美濃国安八の人。14歳で放浪の旅に出、九州から北海道まで、絵を描きながら全国を旅して廻る。名古屋にて死す、享年65。各務原も訪れており、風景や出土した土器、発掘物などの絵が残っていてここに(写真版だが)展示されていたのだが、それがまあなんと、多くがわたしの散歩している範囲のなんですね。いまでは破壊されてしまった古墳などの絵があるのだ。じつにローカルすぎる笑。放浪者が、土地の金持ちの家に泊めてもらって(いまでいう)「文化活動」をするという、それこそそうした文化がかつての日本にはあって、芭蕉なんかもそれだったわけである。絵の実物もそこそこ展示されていて、わたしには上手いのかどうかよくわからないが、おおらかで楽しい絵なのは確か。すっかりいい気分になって出てきました。
 
 
玄侑宗久『お寺からの賜り物』を読み始める。
ひさしぶりに RubyAtCoder
 
夜、激しい雷雨。隣の川の水位が上がり、ちょっと心配。