坂本龍一「out of noise」

日曜日。晴。

スーパー。

昼寝。
夕方までぼーっとする。


坂本龍一『out of noise』(2009)を聴く。このアルバム、曲を全然覚えていなかった。これまでに何回聴いたのだろう。坂本龍一は「自然」の人ではないが、ここではノイズから、「自然」に近づいているようでもある。しかしそれは生命の「自然」ではなく、あくまでも最新のテクノロジーをとおした上での「自然」だ。樹もないし、動物もいない。宇宙空間に漂っているような、何も存在しない世界に、人間の都会的なセンスによる一種のロマンティシズムが、分解されて静かに流れている。
 アルバム後半ではノイズの質が前半とは異なっているようでもあり、わたしはホワイトノイズ化した現在の不毛な言論空間との同質性をちょっと想像してしまったが、それはたぶんまったく間違った聴き方であろう。個人的に何かと繋がった感覚があった。このアルバムの頂点は第10曲の「glacier」であり、音楽がどこから発しているのか(わたしには)わからない遠さがあって、コスミックな感じのする傑作だと思う。これは、ただの圧倒的秀才の音楽ではない。そして、たぶんここにも生命体は存在しないのだ。
 残りの二曲は現実に還るための音楽であろうが、なくてもよかったと思う。

out of noise

out of noise

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先日図書館で読んだ「新潮」誌の坂本さんへの聞き書き記事に、日本以外では坂本龍一のピアノを聴きたいという要望が多いとあったが、何となくそれを思い出したり。このアルバムでは、コンピュータを使った音以外は、楽器としてピアノしか使われていない筈である。