こともなし

晴。

NML で音楽を聴く。■バッハの無伴奏チェロ組曲第二番 BWV1008 で、バロック・チェロはダーヴィト・シュトロンベルク(NML)。■モーツァルトのピアノ協奏曲第十七番 K.453 で、ピアノと指揮はゲザ・アンダ、カメラータ・ザルツブルクNMLCD)。まさかこの曲の終楽章で感動するとは。胸がいっぱいになってしまった。もっと軽い曲だと思っていたのだけれど。しかし、ゲザ・アンダだけれども、こういう一見地味な実力者の CD BOX をさらりと出してくるとか、かかる西洋には打ちのめされる感じがする。

■ケージの「Five」、「Four2」で、指揮はシグヴァルズ・クラーヴァ、ラトヴィア放送合唱団(NML)。

ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第五番 op.24 で、ヴァイオリンはクリスチャン・フェラス、ピアノはピエール・バルビゼ(NML)。伸びやかで優しいヴァイオリンが印象的であり、強いアタックは避けられている。まさに、「スプリング・ソナタ」としてのひとつの理想的演奏かも知れない。フェラスは決して優しいだけのヴァイオリニストではないと思うが、ここではバルビゼの好サポートもあってこうなっているのだろう。フェラスは晩年にアルコールに溺れるようになるが、これほどのナイーブさをもった魂なら、仕方のないことだったのかもという気もする。この曲はあまり聴かないのでよく知らないのだが、こういうタイプの演奏はわたしは初めて聴いた。

 
いい天気。日差しが強い。
珈琲工房ひぐち北一色店。『コレクション瀧口修造2』「16の横顔」の続き。もっと読もうと思っていたのだが、文章の強度ゆえにあまり読めず。大戦中のピカソ。ヘンリー・ムーア(1898-1986)という彫刻家はよく知らないが、荒いモノクロ写真でもその魅力はわかる。日本では、箱根彫刻の森美術館というところに結構あるようだ。いろいろ知らないことが多い。

帰りに肉屋。今日は牛薄切りが特別安く、飛騨牛 100g で 600円くらいだった。


ビワの実をまとめて老父が採ってくれる。このビワの木は、鳥が落とした種から勝手に生えたもの。なので、実は売っているものよりも小さいし、傷がいっぱいあります。
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たくさんあるので、コンポートにする。
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黄金頭さん、このところ二言目には自分に呪いを掛けることに異様に執着しておられて、ブログを読むのがつらい。仏教がお好きで盤珪禅師を好まれるとのことだが、仏教ではまずはこのような執着を解体しようとするものなのではあるまいか。自分に呪いをかけるのもよいが、敢てするのなら、そこを突き抜けて欲しいと思うのだ。もちろん、とてもむずかしいことだが。盤珪禅師なら、そのような執着も、生まれ持ったものではなし、といわれることでもあろうか。

アカデミー賞という田舎者たちの年中行事につき合うことは、いい加減にやめようではないか|些事にこだわり|蓮實 重彦|webちくま
タイトルの意味はわかるし、中身もおもしろかったけれど、しかし田舎者で悪かったなという感じ、いや、冗談ですが。まあ、田舎者として軽蔑されても、別にいいんだけれども。事実だからね。仕方がないと思っている。今となっては、蓮實重彦柄谷行人や浅田さんよりはまだいいな。たぶん、下らぬ映画でも平気で観られるんだろう、そこだな。


夜。
老母より廻してもらった、小沢信男『暗き世に爆ぜ』を読み始める。題名からしてそうだが、俳句と関連づけながら政治や世相を語っているのがちょっと意外というか、しかしそんなことをいうのは、著者のことをわたしがよく知らないからであろう。著者もまた戦争、東京大空襲を原風景とした世代なのだなと思う。で、その後に来る高度成長には、あまり言及しないように見える(いま読んだところまでは)。そして、「暗き世」というのは、平成時代のことを指すように、いまでは見えてしまう。わたしは、戦争中といまと、どちらが希望がないのかとふと思う。え、いまのような豊かで安全な時代と、比較になんかなるもんかと、そういうことになるのだろうか。
 わたしに俳句がわからないのが残念だが、まあ、むずかしい句は少ないようだ。わたしはどちらかというと自然を題材にした句を好むのだが、著者の興味は人間にあるようである。付けた文章はちょっと都会風にくだけた感じ。東京風といっても、江戸にそのまま接続したようなところがあって、現在の人工都市・東京とは一線を画している。