魂とぶ厚い記号の雲

晴。
女性にフラれる夢を二つ見る。ってわたしがフラれたわけではない体裁なんだったけれど、でも、潜在的には自分なんだろうな。ひとつはかなり複雑な夢だったのだけれど、よく覚えていない。アニマに関係する?

現在の文明は死から逃避している。我々は生きる限りは生きて、死んだらおわり、あとは何もないと考えるのが合理的だと考えられている。その意味では、生と死は切断されているが、実際は生の中に死を胚胎している、生の中で死を準備しているというのが正しい。

生というのはひとつの結び目だ。それが解ければ我々は死ぬ。

いい天気で暑い。昼からミスタードーナツ イオンモール扶桑ショップ。ポン・デ・あずき+ブレンドコーヒー429円。米本浩二『評伝 石牟礼道子 渚に立つひと』を読み始める。おもしろい、といったら著者渾身の評伝に失礼であろうか。惹き込まれる。コーヒーを二度おかわりして、水俣病の発端まで読んだ。石牟礼さんは子供の頃から生きづらかったのだな。20代までに三度だったか、自殺未遂している。「生まれてきて、いやーって泣いている。この世はいやーっ、人間はいやーって泣いている。えーんえーんと、ぐずって泣いているんだ。それが石牟礼道子の本質です。ようするに、道子さんは最初から地獄を見た」(p.47)と渡辺京二さんはいっているそうだが、さすがに渡辺さんである。凡人を超えているというのは、恐ろしいことだ。しかし我々凡人には、こういう石牟礼さんのような人がいなかったら、世界の実相はわからないのである。

わたしは『苦海浄土』も、いわゆる「第一部」しか読んでいない。残りも読まないとな。

陳腐なことを書くけれども、いまや我々の魂はぶ厚く記号の雲で覆われていて、窒息しかかっている。書物が記号の雲を厚くするだけなら、読書に何の意味があろうか。まだ、何もせず寝ているだけの方が、いくらかマシなのではないか? 魂を覆う記号の厚い雲に罅を入れるような読書こそ、我々に必要なものでないとどうしていえよう?

夜。
ネットで ETC のマイレージ・サービスを見てみたら、4000ポイントほど貯まっていた。あと 1000ポイントあるとポイントの交換率がよいので、もう少し貯めるかという話になる笑。

しかし、紛らわしい詐欺メールが多すぎるだろう。ちょっと「ん?」と思って調べてしまうのがあるんだよね。まあ、ブラウザが賢くてちゃんと警告してくれるのがほとんどなんだけれど。危険だ。

狼と香辛料II』第1話を観る。