晴。
NML で音楽を聴く。■ブラームスの交響曲第三番 op.90 で、指揮はベルナルト・ハイティンク、ボストン交響楽団(NML)。わたしはこの曲が取りとめがない感じがして、昔からよくわからなかった。長調にするか短調にするか、ブラームスは最後まではっきり決められなかったのではないかというようなことを、吉田秀和さんは書いておられたように覚えている。それはともかく、第三楽章はセンチメンタル極まりない旋律でいくかと思ったら、はぐらかされるし、終楽章は主題の勇壮な音楽が、最後は空中分解するかのように静かに終わってしまう。では、つまらない曲かというとそうでもないので、それはいまわたしが特にこのシンフォニーを聴いてみたくなるところの魅力がある。そもそも、自作に厳しいブラームスが、自分の作品として残したのだしね。この曲は、通俗に行こうとして行ききれないブラームスのバランス感覚が、よく出たそれなのかなとも思う。
- アーティスト:ハイティンク(ベルナルト),ボストン交響楽団,ネス(ヤルト・ヴァン),タングルウッド祝祭合唱団
- 発売日: 2009/09/09
- メディア: CD
昼から県営プール。もう一週間経ったのかと思う。
帰りにひとりで何にも考えず運転するのがすごく好きだ。純粋運転体みたいな感じ。
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【第132回】ブラック校則は学校だけの問題か|世の中ラボ|斎藤 美奈子|webちくま
「ブラック校則」の「合理的理由」をしつこく問い詰める - 紙屋研究所
僕らが中高生だったときはもっと教師の締め付けがひどかったような気もするが、特に何にも思わなかった。思わなかったのが、おかしいのだろうな。いまは社会全体の規範意識がより強いので、「ブラック校則」が問題になるのかも知れない。皆んな、息苦しいのだ。企業の入社式におけるあの皆んな同じ格好をちょっと思い出したが、あれは海外では「ペンギンの行列」とか何とか呼ばれているようだ。異様に息苦しい。そして、息苦しいのはそんなことだけじゃない。日本社会全体が、息苦しいのだ。この国が滅びる筈である。
で、そうやって子供のときに大人に締め付けられてきた人間が、大人になると今度は子供を締め付けるようになる、と。ちょっと DV を思い出す。DV された子供が、大人になると DV するようになるという、例のそれ。
そういえば、最近は反抗期がない子供が結構居るような気がする。大人(母親)のお人形である子供で、特にマジメな女の子に多いように仕事で感じたが、これは女性に対する偏見かな?
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ウチの庭が極楽のようなことになっているので。
芍薬。
背後に蕗が写っているが、いま食べておいしいんですよ。
アイリスは撮る前に終わってしまった。
フランス菊が庭一面に咲いていて、モンシロチョウがちょっと何匹いるかわからないくらい飛んでいる。
日没前、散歩。
庭のフランス菊。
用水に水が入った。
今度市長選挙の投票があるのだが、その市長の宣伝カーとこの先の畑の中で鉢合わせしてしまった。わざわざこっちへ来るんだもの。至近距離で手を振られて困惑した。一応お辞儀しておいたが、僕は先日の期日前投票で、あなたじゃない候補に投票を済ませておりますので。
中沢新一『アースダイバー 神社編』落掌。プロローグと第一章を読む。これはいままでの「アースダイバー」シリーズとはだいぶちがうようだ。旧石器時代における精神の「ビッグバン」から、日本における縄文・弥生時代までの精神の古層に大きく鍬を入れる試みになりそうである。それにつれて、「象徴性」というものも必然的に解明されてくることであろう。いや、そんなことを書いて見たが、読んでみなければわからない。というか、自分に理解できるのだろうか。神社という「聖地」、それが本当に未来への可能性を秘めているというのか。
- 作者:中沢 新一
- 発売日: 2021/04/22
- メディア: 単行本(ソフトカバー)