河合隼雄『父親の力 母親の力』

晴。
よく寝た。

NML で音楽を聴く。■バッハの管弦楽組曲第一番 BWV1066 で、演奏はフランス・ブリュッヘン、エイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団NMLCD)。これはこの曲のもっとも美しい演奏ではないかも知れないが、もっとも古典的なそれであるとはいえると思う。若い人やクラシック音楽初心者(?)に勧めたい。こういうのがクラシック音楽なのだと思っている。■ベートーヴェン交響曲第一番 op.21 で、指揮はクラウディオ・アバドベルリン・フィルハーモニー管弦楽団NMLCD)。もうちょっとたっぷりしたところがあってもいいなあとも思っていたのだが、やはりアバドは悪くない。これだけの射程をもった人はやはり多くない。この曲をきっちり演奏してくれる。ベルリン・フィルもさすがだな。引き締まっている。■モーツァルトオーボエ四重奏曲 K.370 で、演奏はブリテンオーボエ四重奏団(NMLCD)。ふつうにいい。でも、曲が短すぎるのだよなあ。たった15分足らずで終ってしまう。■バッハの幻想曲とフーガ BWV906、スウェーリンクの「ドリア旋法による半音階的幻想曲」、フレスコバルディの「トッカータカンツォーネ、マニフィカト、ガリアルダ、コッレンテ集第2集 - トッカータ第1番」、フローベルガーの「トッカータ、ファンタジーカンツォーネアルマンドクーラントサラバンドジーグとさまざまなパルティータ集 第2巻」〜第一番、第二番、野平一郎の「邂逅」チェンバロ独奏のためので、チェンバロは鈴木優人(NML)。

rencontre

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昼から外出。といっても BOOK OFF です。もう少し気の利いたところへ行けばいいのに。とにかく「ブ」はひさしぶり。108円×8 で結構買いました。ゲーテの『色彩論』(ちくま学芸文庫)が108円であったのでびっくりした。迷ったけれど既にもっているので諦める。

ミスタードーナツ イオンモール各務原店。ポン・デ・黒糖+ブレンドコーヒー。いま「ブ」で買ったばかりの河合隼雄『父親の力 母親の力』を読む。副題「『イエ』を出て『家』に帰る」。不思議な副題だな。2004年の刊行なので、河合先生の亡くなられる 3年前である。亡くなられて、河合先生の名前は本当に見なくなったな。もうどうでもいいと思われているのであろうし、いまの優秀な人(特に若い人)たちからはほぼ例外なく侮られている。まあしかし、そんなことはよいのだ。ただこの本、ほとんどインターネット以前の世界なのですよね。いま河合先生が生きておられて、このインターネット社会の現実を知ったらどう仰ったかと、本書を読んで切実に思った。きっと深い有益なことを仰られたにちがいないと自分は確信しているので、河合先生がそれ以前に亡くなられて本当に残念である。インターネットが当り前の世界になって、我々の心は大きく変った部分があるのは確実だが、また人間の心の深い部分はなかなか変わるものではないので、そのあたりの見極めが切に訊きたかった。いままさしく我々は常時インターネットに「接続」している。例えばイオンモールのフードコートで本を読んでいると、まわりの人たちがことごとく俯いて画面を見つめ、手を動かしているのがいやでも目に入る。3歳くらいの女の子を連れた若いパパも、ずっと画面に没頭していて、女の子はトレイをかじったりして楽しそう(?)だった。自分はこういう光景をいいとも悪いとも言わないが、これだけ広いフードコートで本を読んでいるのは自分だけで、まあ俺はアホだよなと思わずにはいられなかった。
 本書で問題になっているのは「家族」のあり方についてである。自分も最近、我々に残されているのは「家族」しかないなと痛感するようになった。なので、新しい家族を作れなかった自分は、半ば無意味な存在であると思い知らされるようになった。でも、本書で問題になっているとおり、いまの「家族」のあり方は本当にむずかしい。かつての家族のあり方が崩壊したのに、新しいモデルができていないのが問題なのだと、河合先生は仰っている。まったくそのとおり。河合先生は、「家族」というものはある意味しんどいもので、「家族」のために「苦労」するから人生はおもしろいし尊いのだと仰られる。皆んな、もっとしんどいことをしましょうよ、ってね。そんなラクなことばかりだったら、人生つまらないじゃないですかと。いや、ホント、面倒だから人生は楽しい、生きがいがあるというのは、逆説的に聞こえるかも知れないが確かにそうかも。一度も「挫折」しない人生なんて、ある意味ではだけど「スカ」なんだな。何度もいうけれど、新しい家族を作れなかった自分は、そのことが結構身にしみるのだ。でもまあ、これから自分のような一生涯独り身という人間もすごく増えるから、こちらはこちらでやることはあるのだよね。ちょっとさみしい話だけれど。

父親の力 母親の力―「イエ」を出て「家」に帰る (講談社+α新書)

父親の力 母親の力―「イエ」を出て「家」に帰る (講談社+α新書)

いま、完璧な子育てをしないと気がすまない人って少なくないよな。で、思いどおりにならないと最悪子供を殺してしまったりとか。あと、子供に理解がありすぎて、じつはその子にとって無理なことでも、子供がやりたいといったら全力でサポートしてしまう親とか。河合先生は、司法試験合格なんてまず無理なのに、子供がチャレンジしたいといったら何年でも金銭的にバックアップしてしまう親を例に挙げていて、それが結局子供の人生のためになるとは限らないと仰っている。それから、河合先生は意外なことにいわゆる「イクメン」、積極的に「子育て」する父親も全面的には肯定しておられなくて、そういうのは「父性」が弱くなってしまうことがあると。かならずそうなるわけではないけれど、そういう父親は子供に強く当たれなかったりするらしい。日本では父親の「父性」が西洋にくらべて弱い傾向にあって、それはいまでもますますそうなっていると思う。子供の前に立ちはだかる親という側面も、家族には必要なのであると。