ソポクレス『オイディプス王』

曇。


バッハのピアノ協奏曲第四番 BWV1055 で、ピアノはティムール・セルゲーニア。もう少し余裕が欲しい感じ。


リゲティの「木管五重奏のための十曲」(1968)で、演奏は The Vienna Wind Soloists。


ドビュッシーの「ベルガマスク組曲」で、演奏はアナトリー・ヴェデルニコフ。僕はこの曲が好きで、20代後半のまだ若きドビュッシーの抒情性がよく出ていると思うのだが、ヴェデルニコフは堂々たる音楽にしている。こんな部分があるのだなと聴いていて何度も思わされた。ヴェデルニコフはこういう(ちょっぴり感傷的な)曲も弾けるのだな。さすがだ。


ウェーベルンの「弦楽四重奏のための五楽章」op.5 で、演奏はアルバン・ベルクQ。何ともカッコいい曲だ。カッコよすぎて死亡。アルバン・ベルクQ はさすがに鋭角的で、アグレッシブである。ウェーベルンがきらいな人って想像できないが、僕はどちらかといえば十二音技法以前の曲が好きだ。定期的に聴きたくなる。吉田秀和さんもウェーベルンが好きだった。小林秀雄から何かおもしろい音楽はないかと聞かれて、ウェーベルンのレコードを進呈したというエピソードがある。まあ、二十世紀音楽の古典中の古典ですね。


 



蝶もトンボも飛び回っているし、年寄りが百姓をして、肥(こえ)のにおいがまだする。なつかしい世界はいまだ滅びていない。いつまでこうなのだろうか。

昼から県図書館。車中ではずっとバッハのトッカータ集を聴いていた。
ひさしぶりにカルコス。何冊か探していた本があったのだが、どれもカルコスには置いてなかった。図書館へ行ったあとなので、あまり購買意欲を唆られずよかった(?)。図書館で借りて読めば充分な本が多い。県図書館は閉架まで含めればやはりかなりいい本がある。コンピュータによる検索も充実していることがわかった。プログラミング本などでも、よく調べるとわざわざ買った本がかなりある。もっとも、ある程度は買わないと身につかないのだが、本の世界を広げるのに図書館は有用だ。

このところ
碧南市藤井達吉現代美術館の「リアル(写実)のゆくえ」展 - オベリスク備忘録
篠田英朗『ほんとうの憲法』 - オベリスク備忘録
の二つのエントリがわりとアクセスされていますな。

ソポクレス『オイディプス王』読了。河合祥一郎訳。英語からの重訳であるが、原文を参照してのことであるという。既に既訳を読んでいるが、誰の訳であったか忘れた。この戯曲からフロイトは「エディプス・コンプレックス」の名前をつけたわけだが、確かにオイディプスは自分の父を殺し、母と交わるのではあるけれど、それはまったく知らずにしたことである。もちろんそうでなければ、悲劇にならないし。この戯曲はこれまで人類が書いた悲劇のなかでももっとも有名なもののひとつであるが(シェイクスピアの「ハムレット」と双璧であろう)、自分はそれほどおもしろいとは思わない。現代におけるエンタメなどのせいで、完全に感覚が麻痺してしまっている。何というか、現代の作品と比べると、あまりに単純なお話ではあるまいか。ただ、それゆえに凝縮度が高いといえばそうかも知れない。まあ、偉大な傑作のわからない男であります。しかし、もう既にどれくらい多くの人間がこの戯曲のあらゆる部分をつついて論文等にしてきたものか。そういうのにはあまり興味がわかないけれどね。とにかく、素人ならばアカデミックなことは忘れて虚心に読んでみるべきではないでしょうか。

オイディプス王 (古典新訳文庫)

オイディプス王 (古典新訳文庫)

しかし、ホント古典新訳文庫は頑張っているよなあ。文学に関しては最近の岩波文庫をあるいは超えているかも知れない。