STANDARD BOOKS『湯川秀樹』

晴。
よく寝た。


シューマンのヴァイオリン・ソナタ第二番 op.121 で、ヴァイオリンはチョン・キョンファ、ピアノはイタマール・ゴランキョンファのヴァイオリンはさすがに悪くはないのだけれど、彼女ならもっと出来るような。


ラヴェルの「高雅で感傷的なワルツ」で、ピアノはアルカーディ・ヴォロドス。うーん、凡庸。


別宮貞雄のチェロ協奏曲「秋」(1997)で、チェロは堤剛、指揮は若杉弘東京都交響楽団


ショパンマズルカで、ピアノはヴラディーミル・ソフロニツキー。好演。


Ruby で三角形の内接円と外接円を描いて遊ぶ。
GTK+ で落書き 12(Ruby) - Camera Obscura
 
車検が終ったのでネッツトヨタまで車を取りに行く。いい天気だな。

図書館から借りてきた、STANDARD BOOKS『湯川秀樹』読了。湯川先生の比較的短い文章をセレクトしたもの。おそらく若い人向けということだろうが、大変な感銘を受けた。というか、途中で感涙に先が読み続けられなくなってしまった。何ともセンチメンタルなことである。確かに京都について書かれたものはたまらなく懐かしいし、そもそも僕は湯川先生や朝永先生にあこがれて大学を、そして学部を選んだのであった。それらが自分の感傷を誘ったところはきっとあるだろうが、それだけではないとも思う。湯川先生はもちろん世界的な、そして歴史に残る物理学者であったわけだが、深いところに豊かなセンチメントの水脈をもっておられた方だと、今回これを読んで確信した。それが、自分のどれほど奥にあるか知れないものと共振したのである。それはきっと湯川先生の創造性すら特徴づけていたにちがいない。もちろん物理学に東洋も西洋もないが、東洋的な創造性が物理学と結びつくということはあり得るのであり、湯川先生はおそらくその場合である。
 それにしても、いまの日本の知的環境を見ていると、エモーションというのはまったく価値が低い。そういう意味で、もはや無意識のレヴェルまで西欧化が進行しつつある。それはもはや止めることなど不可能だが、凡夫としては、それでいいのだろうかという問いかけが拭えない。完全に時代遅れの人間だと思う。それならそれで、幼稚な仕方でプログラミングの世界などをいわば emotionize していくしかない。それには、まったく実力不足であることはわかっているが、まあやってみるしかないだろうと思っている。

湯川秀樹 詩と科学 (STANDARD BOOKS)

湯川秀樹 詩と科学 (STANDARD BOOKS)