チャールズ・H・ハスキンズ『十二世紀のルネサンス』

晴。
何とか復活してきたかな。


バッハのイギリス組曲第二番 BWV807 で、ピアノはアナトリー・ヴェデルニコフ。辛口。


モーツァルトのピアノ協奏曲第二十七番 K.595 で、ピアノはスヴャトスラフ・リヒテル、指揮はキリル・コンドラシン


ベートーヴェン弦楽四重奏曲第一番 op.18-1 で、演奏は Manchester Camerata Quartet。


ベートーヴェンのヴァイオリン・ソナタ第九番 op.47 で、ヴァイオリンはダヴィッド・オイストラフ、ピアノはレフ・オボーリン。いわゆる「クロイツェル・ソナタ」。

チャールズ・H・ハスキンズ『十二世紀のルネサンス』読了。同じ学術文庫の伊東俊太郎『十二世紀ルネサンス』はかつて読んでおもしろかったのを覚えている。本書は優れた歴史書であり、リーダブルだから一般人が読んでまったくおかしくない。原著は1927年とかなり前の出版であり、いまでも生命を保っているのには驚かされる。碩学の名著というべきか。

十二世紀のルネサンス ヨーロッパの目覚め (講談社学術文庫)

十二世紀のルネサンス ヨーロッパの目覚め (講談社学術文庫)

 
県図書館にレヴィ=ストロースがたくさんあるみたいだ。借りてこよう。

このところ希死念慮のすごいあるブログを欠かさず読んでいる。さすがに「愛読」しているとはいいにくいが、まあそれに近い。もちろんいつ彼が死ぬかを見たいからではない。というか彼の文章はじつに魅力的で、お金をとってもおかしくないと思うし、彼が何とか生き延びてポジティブなエントリを書いていると本当にほっとする。有り体にいって彼は鬱なわけだが、いつも自己肯定感のなさがいっぱいに出ている。そう、自己肯定感というのは、生きていくのに大切というか、殆ど不可欠だろう。それはわかる。しかし、自己肯定感ってそんなに長所ばかりなのだろうかとも、そのブログを読んでいると思う。確かに自己肯定感がなければ生きていけないが、自分はどうも自己肯定感の塊みたいな人物は(そういう人は遍在するが)苦手だと告白する。まあね、自己肯定感がたっぷりあるのにないように振る舞っている人もいて、そういうのはどこかイヤミなのだが、複雑ですね、で何って感じ。特に結論はなし。僕は自己肯定感はできれば最小で済ませたい。それよりも、カスでも生きていっていいという考えである。前にも書いたが、それこそが文明の進歩なのであり、それ以外の進歩など取るに足りない。

しかしね、自分がカスのくせに、どうも下らない人間をなかなか受け入れられないのだよね。矛盾している。まだまだ修行が足りない。

アレックス・ロスを読む。