アーサー・ビナード『アーサーの言の葉食堂』

曇。
寝坊。ひさしぶりにすっきりと目覚めた。


バッハのイギリス組曲第六番 BWV811 で、ピアノはスヴャトスラフ・リヒテル


池辺晋一郎交響曲第七番「一滴の共感へ」(1999)で、指揮は秋山和慶NHK交響楽団


ブラームスのピアノ協奏曲第一番 op.15 で、ピアノはマリヤ・グリンベルク、指揮はゲンナジー・ロジェストヴェンスキー。すごいな。おすすめ。

図書館から借りてきた、アーサー・ビナード『アーサーの言の葉食堂』読了。本書はまず詩人の立派な左翼ぶりから始まる。著者は原発を糾弾し、TPP を弾劾する。とても立派で見習うべきだが、自分のような怠惰なパヨクはふーんと読み飛ばす。ごめんなさい。僕は何もしたくない、下らない怠惰な人間なのです。
 著者の日本語(あるいは英語、あるいはその他)探検はおもしろい。やはりジャパニーズ・イングリッシュを米語ネイティブの感覚で捉える話はじつに愉快で、幾度となく笑った。といっても著者は決してジャパニーズ・イングリッシュを罵倒するわけではない。そのユーモラスぶりというか、時には爆笑を誘う(意図せざる)ウィットをじつは愛してすらおられるようだ。いや、本当に笑えるので、是非とも一読を勧めたい。しかしその「ウィット」にはかなり高度なものや、日本人にはいったいどこがおかしいのか咄嗟にはわからないようなものも多い。例えば、温泉の大浴場(?)の入り口に「MAN」と書いてある。一瞬自分にはどこがおかしいのかわからなかった。たんに「男湯」という意味ですよね。でも、これだと一人用になってしまうのである。ここは正しくは(?)、「MEN」と複数形であるべきなのだろう。日本語には単数複数を区別する感覚がほとんどないので、この手の「まちがい」は本書に頻出する。またさらに、予期しない爆笑ものとしては、ヘアサロンの看板に「WISH FOR HAIR」とあったというものなど。我々日本人には店の名前が「WISH」だというのはすぐにわかるのだが、これがおかしいのはわかりますね? つまり、毛髪の薄くなられた方が「髪の毛がほしい!」と言っているように聞こえるのである。云々。
 著者は詩人だけあって、言葉をおもしろがり、また大切にしておられることがよくわかる。辛辣な政治的発言も、言葉をいいかげんに扱ってはいけないという思想からの帰結であろう。確かに、いまの「政治用語」、政治家たちやマスコミの言葉の軽さには、驚くべきものがある。こうやって段々文化は死んでいくのであろう。著者と自分がちがうのは、著者には責任感とポジティブさがあり、自分はなかなかポジティブになれないところであろう。著者からできるだけ学びたいと思う。

アーサーの言の葉食堂

アーサーの言の葉食堂

西池袋に「Dope Lounge」という名前の店があるそうだが、これはさすがにすごいね。阿片窟だとしか思えない。さすがに著者も驚いたそうである。


ほぼ最後の収穫。結構食べられたな。

チャールズ・H・ハスキンズを読む。