『日本近代随筆選 3 思い出の扉』

晴。梅雨の晴れ間。暑い。
音楽を聴く。■モーツァルト:ピアノ協奏曲第五番 K.175(内田光子、テイト、参照)。■リスト:葬送曲、森のざわめき、ラ・カンパネラ、狩り、結婚行進曲(シフラ、参照)。リストおもしろい。ラ・カンパネラなんかはさほどでもないけれど、どうもびっくり箱みたいなもので、何が飛び出してくるかわからない。「結婚行進曲」はメンデルスゾーンの例の超有名曲のパラフレーズだが、こんな風にやっているのもあるのか。意外といえば意外だな。メンデルスゾーンが聴いても、おもしろがったのではないかとも思う。■シベリウス:ヴァイオリン協奏曲 op.47 (ジュリアン・ラクリンロリン・マゼール)。ラクリンというヴァイオリニストはまったく知らないが、人気曲としては弾けていると思う。しかし、この曲はそれに留まるものではない。ヴァイオリンに魂をのせることのできる音楽家なら、ベートーヴェンブラームスメンデルスゾーンも超えた、最深のヴァイオリン協奏曲を聴かせてくれる筈である。このヴァイオリニストは、そこまでではないような気がした。ではあるが、まあそんなことはどうでもいいという気がするくらい、この曲を聴いて平静でいることは不可能である。この曲は確かにポピュラー曲なのだが、ちょっと異常な感じを受けてしまう。たぶんまったくの見当はずれだろうとは思うのだが、僕はこれを聴いていると、20世紀が戦争と全体主義の世紀であったことをどこかで思い出さざるを得ない。ショスタコーヴィチでもないのに、鎮魂の音楽であるように聴いてしまうのだ。また、マゼールシベリウスは合っているように思う。

Sibelius:Concerto Pour Violon

Sibelius:Concerto Pour Violon

シューマン:ピアノ協奏曲 op.54(クラウディオ・アラウコリン・デイヴィス)。アラウ晩年の演奏であるが、第一楽章の切れ味の鋭いことにびっくり。それから、アラウ晩年の録音はデジタル録音のせいか、スタインウェイの音がじつに美しい。こんなにきれいな音のシューマンは他でまず聴けない。第一楽章で僕がいちばん好きなカデンツァもまことにロマンティックで、言うことなし。終楽章がちょっとおとなしいのは残念だが、一聴の価値がある録音だろう。デイヴィスが好サポートなのも嬉しい。
Schumann: Piano Works

Schumann: Piano Works


岩波文庫版『日本近代随筆選 3 思い出の扉』読了。シリーズ完結。ではあるが、もっと続けてもらいたいくらいである。日本の近代文学は小粒であるという人も居るが、僕にはきわめて懐かしく感じられる世界である。本書に収録されている随筆には自分にはつまらぬものもあるけれども、それは好みというものであろう。僕がいちばん感銘を受けたのは森茉莉の「父の帽子」で、恐らく既に読んでいる筈であるが、著者の父親に対する深い愛情と(茉莉は独特の名文家であり、生涯変わることのないパパっ子だった)、自分の鴎外に対する敬意が相互作用して、不意を突かれるように感動した。もちろん個人的な感動であろう。漱石の子規追憶は、何とも言えない哀しみに溢れた文章である。共に漱石門下の寺田寅彦内田百間のネコ随筆を読み比べるのもいい。北原白秋の軽さ極まる掌編は、神業ではなかろうか。堀口大學の何でもないような平明な文章の行間からは、贅を尽くし切ってやることがなくなったあとの粋が滲み出ている。以上、勝手なことを書いたが、読みは人それぞれであろう。自分なりの一篇を探し出してみることをお勧めしたい。
ちきりんさんのブログのこのところのエントリーが「いい人生の探し方」というもので、やっぱり「いい人生」ってのはあるということなのだろうなあ。「いい人生」が送れなかった人は、悲惨ということになるのだろう。僕は「いい人生」なんて考えたことがないのだけれど、まあいいかどうかというか、他人から見たらたぶん失敗した人生ということになるのだろうな。でもまあ、「いい人生」でもそうでなくとも、生まれてきていつか死ぬにはちがいないのではなかろうか。生きるということは基本的に苦しいことだし、また一方、何の喜びもない人生というのも殆どないのではなかろうか。どうも結論はないけれど。

松任谷由実を聴く。
「私なしでも」がポップでよかった。残りもまずまず聴けた。松任谷由実を聴くとは自分らの時代のデフォルトを聴くことであり、色いろ思うところがあった。いまの若い人たちがもし松任谷由実を聴くとしたら、どう感じるかは興味がある。いまの若い人たちの源流なのか、それとも聴くに堪えない骨董品なのか。まあ僕は、これを聴いてもそれほど何ということもないのだが。
紅雀

紅雀

大沢誉志幸を聴いてみたり。若い人はたぶん知らんやろな。これが80年代。

You Tubeスピッツの「ロビンソン」を聴いていたら、父さんの車で聴いたとかいうコメントがあって愕然とした。そうか、1995年の曲なのか。若い人が昔の曲だって言う筈だな。