『吉本隆明詩全集2 日時計篇I』

曇。
夜更ししたので朝寝坊。どうもいけないな。
音楽を聴く。■モーツァルトクラリネット協奏曲 K.622(ジャック・ランスロ、ジャン=フランソワ・パイヤール)。ランスロという人は著名なクラリネット奏者であるようで、確かに知的で清潔な音なのだが、勝手に言わせてもらうと、もう少しふくよかな音だとよかった。自分には音が痩せて聴こえる(何様?)。曲はもちろん名曲。

クラリネット協奏曲

クラリネット協奏曲

ハイドン:ピアノ・トリオ ト短調 Hob.XV-19(トリオ1790、参照)。

昼から米屋。肉屋。
図書館から借りてきた、『吉本隆明詩全集2 日時計篇I』読了。何を書こうか困るが、沈黙では詰まらないので、何か書く。僕は詩は(詩も)よくわからないのだが、本書を読んでいる時間は至福だった。これらはむずかしいことはむずかしいので、世間では吉本隆明は思想詩人であると思われているのか知らないが、これら詩たちの底には深い感情(多くは哀しみのようなもの)が例外なく流れていて、その意味で吉本さんは抒情詩人とすら言っていいと思う。自分には先入観があって、実際に読んでみて意外だったので記しておく。それにしても、「魅力的な」という(凡庸な)言葉が書きつけたくて困ってしまうので、実際にそう書いてしまいましたね。おもしろいのは巻末解説が吉増剛造で、散文ではなくて何だか超わからない詩で解説としてあるが、吉本さんの本文とまったく違和感がない。吉増剛造はまったく変な詩を書く人で、何でもいまブームらしいが、ホントかねであるけれども、この人の詩もまた魅力的で大好きだ。ああ、ミーハーの凡庸な詩好きだな。皆んなもっと詩にミーハーになりましょう。それにしてもようやくわかってきたのだが、日本の「現代詩」は豊穣ですね。もっとも僕のいう「現代詩」は、現在の詩ではない。現在の日本の詩は、地方の美術館にさみしくころがっている現代アートと同質である。基本的に極少数の内輪にしかわからない。ちがっていたら御免なさい。
吉本隆明詩全集〈2〉日時計篇1

吉本隆明詩全集〈2〉日時計篇1