浅羽通明『「反戦・脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』/マイケル・コーバリス『意識と無意識のあいだ』/内井惣七『ライプニッツと情報物理学』

晴。
音楽を聴く。■バッハ:ハープシコード協奏曲第一番 BWV1052(ボブ・ファン・アスペレン、参照)。■ベートーヴェン弦楽四重奏曲第九番 op.59-3 (タカーチQ、参照)。バッハやモーツァルトの存在も謎であろうが、ベートーヴェンという人の存在は本当に謎だ。他の芸術ではちょっと考えにくいような存在である。二〇〇年の時を超えて今でも大変な生命力を放っている。自分のちっぽけさが融解していくようだ。

カルコス。
浅羽通明『「反戦脱原発リベラル」はなぜ敗北するのか』読了。色いろな意味で、とてもおもしろかった。著者はリベラル左翼の言説が論争的言語を腐らせているとして、徹底的にこれを批判する。特に槍玉に上がっているのは、高橋源一郎氏や小熊英二氏、また SEALDs の奥田愛基氏などで、論調もネットではよくあるものだ。本書はこれら知識人批判の体裁を取っているが、一種の大衆批判の側面ももっている。浅羽氏は反「安保法制」デモを、敗北主義として批判する。あそこには本気で勝利する気がないし、デモをしただけで「勝ち負け」を度外視するなど、欺瞞的であると。これもよくある議論だ。僕がおもしろいと思ったのは、勝手に要約すれば、「向こうは殴りつけてきているのだから、勝利のためには殴りかえすしかない」というものである。これもじつに陳腐な意見だが、これは正しいのである。しかし、これは正しいのだが、文明の進歩によるのだか何だか知らないが、事実としてはそう簡単にこれを採るわけにはいかなくなっているのだ。それが我々に強いられた矛盾であり、浅羽氏はそれに盲目であるために、例えば抗議のための焼身自殺というような方策を主張するしかなくなっているのである(氏はまず自分が焼身自殺するつもりであったが、何故か止めたそうだ)。けれども、我々が矛盾の中に居ることは事実で、本書はその存在を理解するための試金石に充分なりうると思う。浅羽氏は本人も認めておられるように冷笑家で、これも氏がおそらく理解されているとおり、それでは氏の言説が広く世の中に認められる可能性はまずないだろう。その意味で、氏もまた意図せざる敗北主義者であるのかも知れない。まあ、そんなことは自分にはどうでもいいが。

付記しておくが、僕は本書をバカにしているわけではない。浅羽氏はきちんと論理的にものを考えておられる。論理が我々をどこまで連れて行くか、本書で実感して頂きたいものだ。論理というものは、我々を信じられないほど極端な遠方まで送りやってしまうものなのである。優秀な人間は、例えば人を殺すということまでいとも簡単に基礎づけてしまえるのだ(これは一般論です)。さて、我々平凡人はどうしたらよいのであろうか。

マイケル・コーバリス『意識と無意識のあいだ』読了。マインドワンダリング、メンタルタイムトラベル、デフォルトモードネットワーク。
意識と無意識のあいだ 「ぼんやり」したとき脳で起きていること (ブルーバックス)

意識と無意識のあいだ 「ぼんやり」したとき脳で起きていること (ブルーバックス)


内井惣七ライプニッツと情報物理学』読了。とてもおもしろく読んだ。もちろん素人が勝手に読んだにすぎないが、著者へのリスペクトゆえに敢て素人くさい疑問を書き付けておきたい。まず、無時間的なモナド世界と現象界は部分的同型関係(isomorphism)にあるとされるが、どうして「部分的」なのか。その部分はどうやって選択されるのか。それから、ライプニッツは確かにニュートン天下り的に導入した絶対空間を必要としないようだが、しかしなんと「神」がどうしても不可欠になってしまうではないか。ライプニッツには当然のことであったろうが、「僕」にはあんまりうれしくない。だいたい、モナド世界が情報理論におけるコードであるのはよいとして、チューリングマシンを作動させるのが「神」だとは! それから最後、著者の提示する、ライプニッツが作り得たはずの重力理論であるが、それが一般相対性理論からの後知恵であるとは云わないが、そうでないとすればそれが一般相対性理論に収斂する唯一性(uniqueness)を示さねばならないだろう。著者の言っていることは、後知恵どころか、ライプニッツから一般相対性理論を作れるかも知れませんよというだけに過ぎない。それは「知的冒険」であるかも知れないが、何か意味があるのか。
 以上で特に気になるのは、「神」の導入である。別にライプニッツ研究なのだから著者に何の問題もないが、仏教徒である自分の問題に引きつけて、「神」で説明すれば何でも可能ではないかと思わざるを得ない。それから言い忘れたが、物理学をすべて弾性衝突で説明して、何が嬉しいのかわからない。それのどこがニュートン力学に優っているのか。
 本書でいちばんおもしろかったのは、空間を関係性で理解するという発想である。空間の点が他のすべての点と関係があるというビジョンは、とても魅力的だ。これだけでも本書を推薦したくなる。また、ライプニッツ流の力学も確かにおもしろい。これは力学のひとつの可能性であるとは云えそうだ。で、以前からのことだが、自分には「モナド」は結局よくわからない。それは本書を読み終えても変わらなかった。モナドがコード? それを実行するのは神? はぁ?という感じが否めない。まあそういう素人の言っていることです。