こともなし

晴。
音楽を聴く。■ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ第三番 op.108 (ジュヌヴィエーヴ・ロランソー、ジョアン・ファルジョ)。

Violin Sonatas

Violin Sonatas

ヒンデミット:ヴァイオリン・ソナタ ハ長調、気高い幻想〜瞑想 (ベッカー=ベンダー、ナジ、参照)。■■ヒンデミット交響曲変ホ長調バーンスタイン NYPO 1967)。ヒンデミットがこんなに派手な(?)曲を書いているとは。これはバーンスタインがエラいのかな。

反知性主義3 Part 1: 内田編『日本の反知性主義』は編者のオレ様節が痛々しく浮いた、よじれた本。 - 山形浩生の「経済のトリセツ」
内田樹だが、僕は内田樹については「どうでもいい」→「おもしろい」「すごい」→「もういいかげんにしてくれ」という感じだった。元々彼の言っていることはどうでもよかったのだが、いい加減っぽいところに柔軟性があって、なかなか読ませると思ったときもあった。最近は彼は怒り狂っているばかりで、正しいにせよ何にせよ、もうウンザリである(例えばここを参照)。まあ自分がどう思おうと自分以外はどうでもいいことだし、最近はまあ内田樹のことは忘れている。で、上にリンクした文章は山形浩生氏に拠るものだが、内田樹は措いておいても、批評するというのはここまで明快にやるものかと思った。この人は頭はもちろん素晴らしくよいわけだが、こういう文章の書き方は西洋的に訓練されてもいるのだと思う。自分にはこのレヴェルは無理だし、日本のインテリの多くにも無理だろう。別に山形浩生氏の言うことが何でも正しいと思うわけではないが、僕はアカデミックにこういう訓練を受けておらず、そこいらがダメなんだなあと痛感した。最近の若い人は段々こういうロジカルな方向に向かっていて(それこそ「知性主義」)、それはたぶんいいことなのだと思う。自分もこういうことは気にかけたい。