豊下楢彦『安保条約の成立』/町田康『破滅の石だたみ』

日曜日。晴。
音楽を聴く。■バッハ:ヴァイオリン・ソナタBWV1019a(ラインハルト・ゲーベル、ムジカ・アンティクヮ・ケルン、参照)。■フリードリヒ・グルダ:チェロと木管オーケストラのための協奏曲(ゴーティエ・カピュソン、アレクサンドル・ラビノヴィチ=バラコフスキー、参照)。ポピュラー音楽とクラシック音楽の混淆であるが、取り留めのない曲である。ポピュラー音楽っぽいところでは、グルダはたぶん意図的に内容空疎な音楽を書いていると思うのだが、どうもその意図がよくわからない。自分には、ただ空っぽな感じがするだけで、あまり肯定的には聴けないのだが。全体的に達者には書けているが、独創性は感じないし、グルダもそれは意図していないのではないか。一種の悪ふざけということなら、わからないこともない。ただ、演奏が終ってお客さんがよろこんでいるのにはちょっと驚かされた。自分とは感覚がちがうのだなと思う。演奏は好演と云っていいだろう。■クララ・シューマン:三つのロマンスop.11、四つの束の間の小品、三つのロマンスから〜op.21-1(オイゲニーエ・ルッツ、参照)。グルダの後に聴いたせいか、内容豊かな音楽に聴こえておもしろかった。ぎこちないところはあるけれど、感受性は悪くない。というか、結構得るところがある。ロベルトの音楽と似ているところもあり、またそうでないところもあって、メロディはロベルトの方が遥かに美しいが、和声の動きなどはなかなか複雑な感じ。もう少し他に聴いてみてもいい。

火野正平さんの「こころ旅」の、春の旅最終日の再放送は、北海道オホーツクの雄武町というところだった。お便りにあった川と海水浴場が、チープな護岸工事でガチガチに固められていて、酷いことになっていた。北海道の果てまで、日本は日本なのだなあと思う。火野さんも心なしかさみしそうだった。恐らく地元に金が落ちたのであろう、そのことは悪いことではないかも知れないが、小さなきれいな川をコンクリート護岸のドブ川にわざわざするというのは、必要があったにせよご苦労なことである。そして、海岸までコンクリート張りにする意味って、一体何なの? まあ、関係のないところから批判しても無意味だろうが、我々はここから始めないといけないのだから、いつもながら前途遼遠という感じがする。
 うーん、まあこんなこと怒ってもしょうがないか。

豊下楢彦『安保条約の成立』読了。本書の存在は山崎行太郎氏のブログで知って一読してみたが、まさしく驚くべき書物である。題名のとおり、日米安保条約の成立の過程を研究したものであるが、その射程はそれを遥かに超えたところまで及んでいる。結論を簡単に書いておけば、戦後外交において、昭和天皇が「天皇外交」とも云うべき、吉田茂を超えた能動的な働きかけを行っていたというものである。それは、とても「象徴天皇制」なんて云うものではない。その目的の全体像を明確に云うことはむずかしいが、天皇制の存続を第一としたものであることは疑いないところであるし、恐らくは自らの保身ということもあったであろう。ちなみに本書で明らかになっていることであるが、昭和天皇マッカーサーとの会見において、「私は、国民が戦争遂行にあたって政治・軍事両面で行ったすべての決定と行動に対する全責任を負うものとして、私自身をあなたの代表する諸国の裁決にゆだねるためおたずねした」と発言したというマッカーサーの記述は、事実ではないということである。それについては、様々な証拠からほぼ確実であろう。戦時中に昭和天皇が事態に積極的に関与していたのは既によく知られたところであるが、戦後になり、「象徴天皇制」になってからでもそうであったとは。また、吉田茂昭和天皇に対し強い忠誠心をもっていたことは有名だ。本書を読んでいると、安保条約の交渉において、吉田茂は外交の達人であるというには信じられない程のミスをやらかしていることがわかるが、これは吉田茂天皇の指図によって持論を変えたりしていることから来ていると考えると、謎が解けるところがある。実際のところでは、昭和天皇吉田茂を信用せず、その頭越しに動いているばかりか、マッカーサーまでバイパスしてダレスに働きかけたりしていることまでわかっている。
 それから、最近問題になっている「集団的自衛権」であるが、既に安保条約でそれは成立しているというのが事実であるようだ。しかしそれは、日本が攻撃された場合にアメリカが介入するという構図で、今の正反対になっている。それにしても本書を読んでいると、安保条約交渉の当時は日本はまだ独立していないが、外務省などの姿勢は日米対等という雰囲気があって、今とのちがいに驚かされるのが正直なところだ。また、沖縄切り捨てを始めとする対米従属は、昭和天皇の意図するところであったとも言えそうである。本書は広く読まれるべきだと確信する。

安保条約の成立―吉田外交と天皇外交 (岩波新書)

安保条約の成立―吉田外交と天皇外交 (岩波新書)

図書館から借りてきた、町田康破滅の石だたみ』読了。雑文集かな。さすがに町田康の軽い文章は読みすぎて、多少マンネリと思わないでもないが、マンネリでも読ませるところはやはり町田康だ。それに、ところどころに爆笑の爆弾が仕掛けてあるので、読みつつくっくっくと笑いを噛みしめることになる。一方でお勧め文庫アンケートでは、町田康の愛読書が(マジメに)挙げてあって、これがまた興味深いし、中には涙が出てくるくらい悲しい話もあるのだ。これほど文章の魔術を感じさせる作家としては、町田康は現代に稀なその一人である。小説も積ん読がかなり増えているのだが、大変な読書になるのはわかっているので、なかなか読めない。すごい作家です。
破滅の石だたみ

破滅の石だたみ

明日からしばらく早朝出勤。ちゃんと起きられるかな。