唐澤太輔『南方熊楠』/佐藤泰志『そこのみにて光輝く』

晴。
音楽を聴く。■モーツァルト:ピアノ・ソナタ第十二番K.332(ピリス、参照)。曲も演奏もよくて、ただ聴き惚れる。若い頃のピリスについて、吉田秀和さんが「音量を絞って聴くといい」と言っておられたと覚えているが、新録音の方もまさしくそれ。多少音量を小さめにするといいと思う。■ベートーヴェン弦楽四重奏曲第十四番op.131(ブッシュQ)。ベートーヴェン弦楽四重奏曲の中で、やはりこの曲が最高峰なのだろうな。音楽がこの高みに到達することは、これ以降二度とないかも知れない。――終楽章を聴きつつ。「ガンガンガン! ガンガンガン! 寝てるの!」ノックの音。「何?」「寝間着ちょうだい!」ってのが僕の日常なわけだが、ベートーヴェンの日常ってどうだったのだろう。どうしてこんな曲が書けたのかな。■ラヴェル:亡き王女のためのパヴァーヌ、高雅で感傷的なワルツ(サンソン・フランソワ参照)。何とも素晴らしい。特に「亡き王女」は、感傷的で最美。今、フランソワみたいな天才ピアニストはいないな。■フリードリヒ・キール:ピアノ四重奏曲第一番op.43(オリヴァー・トリエンドル、ウルリケ=アニマ・マテ、ハリオルフ・シュリヒティッヒ、シェニア・ヤンコヴィチ)。佳曲。メンデルスゾーン風の、清新なロマンティシズムを湛えた室内楽。ちょっと驚いた。初めて聴く作曲家だが、バランスがとれていて、なかなかいいではないか。ロマン派の室内楽に興味がある人には、お薦めできる。特に終楽章は、機会があったら是非聴いてみて欲しい。演奏も申し分なく、メリハリのある、優れた室内楽のそれになっている。しかし、こんなにおもしろいのに、歴史に埋もれてしまうのだなあ。cpo はマイナーでおもしろい曲を発掘してきて、ユニークなレーベルですね。

キール:ピアノ四重奏曲全集

キール:ピアノ四重奏曲全集


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あはは。田中先生、相変わらずおもしろいなあ。下らないところがいい。レインボーマンだって(笑)。
唐澤太輔『南方熊楠』読了。若い研究者による、小さな評伝。熊楠に関する事実の掘り起こしなどはおもしろく、楽しい読書であった。久しぶりに「南方熊楠」という文字を見ただけで、興奮させられたところもある。ただ、頑張ってはいるが、肝心のところの掘り下げが足りない。自分には、南方熊楠というと中沢新一さんの『森のバロック』であり、この本は自分のこれまでの半生に出会った内で、最も重要な本のひとつである。正直言って本書は、この中沢さんの本の足元にも到達していないのは明らかだ。まだまだ勉強と、修行が足りないのである。南方熊楠のような人を論ずるには、ただ普通に論文や本を読んで、「研究」するだけではダメだ(そうした「研究」が不必要だと云うのではない)。論者が熊楠の考えたこと、知覚したことを、少しでも追体験せねば何もわからないだろう。けれどもまた、もう一度熊楠を思い出させてくれてありがとうとも言いたい。熊楠のように、才能のある人間は人を元気づける。自分にそうした才能がないのは残念に思うが、少しでも精進してきたいものだ。
南方熊楠 - 日本人の可能性の極限 (中公新書)

南方熊楠 - 日本人の可能性の極限 (中公新書)

佐藤泰志そこのみにて光輝く』読了。久しぶりに本物の、手応えのある小説を読んだ感じがする。簡単に云えば、男と女の物語そのもの。そして、これこそハードボイルドであろう。これぞ男、これぞ女というやつらが生きている。やり過ぎればハードボイルドは滑稽に堕するが、これは抑制されていて、好ましい。情交の描写も、魅力的だ。海峡の町の、うらぶれた感じもいい。もっとも、こんなことは実際はあり得ないというのは、そうかも知れない。その意味では、これは大人のためのファンタジーであろう。けれども、僕は「人生派」ではないけれど、ここには小説として、ひとつの人生が力強く描かれていると思う。
そこのみにて光輝く (河出文庫)

そこのみにて光輝く (河出文庫)