小林雅一『AIの衝撃』

雨。
音楽を聴く。■テレマン:序曲ニ短調TWV55-d3(ペイエ、コレギウム・インストゥルメンターレ・ブリュヘンセ、参照)。■モーツァルト:ヴァイオリン協奏曲第三番K.216(ムター、参照)。

小林雅一『AIの衝撃』読了(電子書籍版)。これはじつに刺激的だった。一気に読み切ってしまった。AIとは「人工知能」のことであるが、近年における急激なAIの発展について本書はレポートしている。我々にわかりやすいのは、プロ棋士すら打ち負かすようになった将棋ソフトだろう。また、自動車の自動運転なども、このところよく言及される。しかし、我々にはわかりにくいところでも、AIの発展は進んでいる。本書で述べられるところでは、いわゆる「ビッグ・データ」の解析にAIを使う技術である。一例を挙げれば、アマゾンで何かを検索したりするだけで、お勧めの商品を推薦してくるアレである。グーグルなどは、我々のあらゆる情報活動を収集していて、それを解析しようとしている(だから、僕はブラウザはグーグルの Chrome を使っているが、グーグルによる情報の収集は設定で認めていない。しかし、実際はどうなっているかわからないが)。
 AIの発展により、これまで人間にしか行えなかったことが機械化されようとしている。将棋の例は既に挙げたが、自動翻訳から技術知の自動化まで、いや作曲などの芸術活動ですら、AI化されつつある。「ディープ・ラーニング」というタームがあって、最近のAIの学習に関しては、その結果が人間の予測を超えるようなシステムが現実化してきている。プロ棋士の予想を超える好手を出力する将棋ソフトなど、その典型だ。我々は、既にコンピュータの出力が理解できなくなってきている。
 もともとAIの発展は、じつは人間の脳をそのまま模してなされたものではない。それは一部だけのことで、基本的には数学理論である。しかし、最近では脳の模倣も進み、ニューロンの活動をハードウェア的に模倣するチップまで現実化しようとしている。これが何を生み出すかは、まだまったくわかっていないが。
 日本はとてもAIの先進国とは云えないらしい。本書で頻出するのはグーグルを筆頭に、マイクロソフトフェイスブックであり、人名もほぼ外国人の名で占められている。日本の学生は優秀であるらしいが、伸び悩むようだ。自分にはこれはよくわかる。AIなどの未知の分野の研究には、ドン・キホーテ的な強烈な世界観の先導が必要だからだ。「哲学」が必要だと云ってもいい。そこは日本人の苦手なところで、どうしても技術論以上のところへ行かない。これは国民性と言っていいだろう。もちろん、日本人にAI研究は不可能だと言いたいわけではない。このような思い込みを打破してくれる研究者の登場が期待される。
 (なお、日本の企業に関しては、研究者以上に絶望的であるようだ。もちろん著者はそんなことは断言していないが、危機感は相当に感じられる。恐らく、日本の企業には、危機感すらあるまい。)
 最後に。本書ではさほど強調されていないが、AIが革命をもたらすのは、恐らく(いや、まちがいなく)軍事分野である。いま軍事分野でいちばん課題になっているのが、戦争(戦闘)の無人化であり、AIの技術はまさしくそれにピンポイントであるからだ。実際、ドローンと小火器を組み合わせたような自動戦闘装置なら、現在の技術で簡単に作れるだろう(アニメの「攻殻機動隊」でバトーが対峙したような)。自動殺戮機械の登場は、近い未来のことであると考えて間違いないだろう。これが戦争をどう変えるのか、そしてそれは、人類の有り様にまで関ってくるかも知れない。念頭に置いておいて損はないことだと思う。

蛇足をしておくと、自分が気になるのは、「機械の人間化」よりむしろ「人間の機械化」である。スマホの先にぶら下がった機械。いまや、「豊かな文化」なんていう言葉が冗談のようになってしまった時代だ。そのうち、AIの方が「豊かな文化」をもつのではないか、というのはまだ冗談で済むが、人間が「文化」を失うというのは、あながち冗談では済まないだろう。いや、それで何か問題でも? と云われるかも知れないな。気の利いたのなら、「文化」の定義は? なんて云うかも知れない。実体のなくなっている証拠ではないか。
 フランクフルト学派蓮實重彦などは馬鹿にしていたが、結局アドルノのところに戻ることになるのか。いや、危険思想だなあ。我々大衆も、吉本隆明さんの「大衆の原像」を、彼とはちがった形で考えざるを得ないのかも知れない。もちろん、スマホがいけないとか、そういう黴の生えたような話ではない。最近若い人で「コミュニケーションを取り過ぎてはいけない」という人が出てきたけれど、そこいら辺の話である。女子高生のスマホ接続時間の平均が一日七時間とか、いまや信じがたいような時代だ。
 (どうしてそういうことになるのかと思ったら、LINE で延々とチャットをやっているのだそうで、は? という感じである。まったく、田舎の引きこもりのおっさんには、わけがわかりませんよ。)