中谷宇吉郎『寺田寅彦 我が師の追想』

雨。
午前中は、旅行のパンフレット類を見たり、旅行日記を書いたりしてつぶれる。
昼から Ruby でちょっと遊ぶ。
音楽を聴く。■バッハ:ブランデンブルク協奏曲第二番BWV1047(マーティン・パールマン、ボストン・バロック参照)。My favorite. 演奏は普通。■メンデルスゾーン弦楽四重奏曲第四番op.44-2(ケルビーニQ、参照)。メンデルスゾーンを自分のものにするのは、なかなか容易でないな。ケルビーニQは佳演。

中谷宇吉郎寺田寅彦 我が師の追想』読了(電子書籍版)。旅行中に読んでいたものを読み終えた。読みながらしんみりとして、胸がいっぱいになるようなところも幾つかあった。寺田寅彦は学生の頃よく読んでいたが、結局自分は、著者が寺田寅彦を師としたような先生は、ついに見つけることができなかった。まあそれは、恐らく自分に問題があったので、学問の世界は結局自分のいる場所にはならなかった。それにしても、本書の描き出す学問の雰囲気が自分のものにならなかったのは、とてもさみしい気がする。既に、自分の居た頃の大学は、牧歌的な世界ではなかった。もしよい師に出会っていて、無名の研究者として好ましい研究生活でもできれば、そういう一生もわるくなかっただろうと思う。それくらい、著者の描き出す世界は自分の心を打った。
 また中谷宇吉郎の文章が、しみじみとした好文章である。本書には既に読んだことのある文章もあったが、活字を追うのが楽しかった。別に理系の人のための本だとは限らないので、普通の人がエッセイとして楽しめる文章だと思う。というか、今の理系の学者・学生は、こんなものは読まないであろう。こんな学問世界が嘗ては存在していたということを知るために、本書を読んでもいいと思う。なお、自分が勉強していた物理はむずかしい数式が中心のもので、寺田寅彦はこうしたものだけが物理ではないと身を以て示した人である。だから本書の記述は自分には理解できないものも少なくないし、自分の物理は寺田先生が見たら叱られそうなものだ。思えば、抽象的なことばかり勉強してきたものである。

↑何故か Kindle 版が表示されないので。