松尾匡『ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』

日曜日。晴。
音楽を聴く。■ベートーヴェンピアノ三重奏曲第一番op.1-1(トリオ・ヴァンダラー)。佳演。

Beethoven: Complete Piano Trio

Beethoven: Complete Piano Trio

シューベルト:ピアノ・ソナタ第七番D568(内田光子参照)。これ以上はあり得ないほど立派な演奏。こういうのを超一流と云う。■ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲第十五番op.144(エマーソンSQ、参照)。これでエマーソンSQによる、ショスタコーヴィチ弦楽四重奏曲全曲を聴き終えたことになる。ぽつぽつ聴いていたので、ほぼ半年かかったのだな。演奏のクオリティは頗る高かった。現代的な名演だと云えるだろう。値段も安いので、お得です。
Shostakovich The String Quartets : Emasrson String Quartet

Shostakovich The String Quartets : Emasrson String Quartet


昼から休日出勤。
松尾匡ケインズの逆襲、ハイエクの慧眼』読了(電子書籍版)。これは刺激的な本だ。経済学に詳しくない自分にも、とてもおもしろく、また納得できる話が多かった。普通ケインズというと「公共事業」だし、ハイエクというと「新自由主義」であるが、著者に云わせるとそんな簡単な話ではないのである。先に本書が述べたいことを書いておくと、大切なのは「リスクと決定と責任」の担い手が一致すること、また、人々の「予想」が大切なのだということ。例えばソ連が崩壊したのは、究極的には前者が存在しなかったからである。つまり、「決定」しても「リスクの責任」を追わなければ、いくらでも好きなことができる(モラル・ハザード)。本書では扱わないが、アメリカのトップ・エリートたちはそのようなモラル・ハザードの中に居る。本書の「ハイエクの慧眼」とは、ハイエクがそのことを理解していたということ。
 「ケインズの逆襲」は、ちょっとむずかしい。しかしこのことは、昨今の我々の経済状況で理解できる。デフレの時はデフレがよくないと例えわかっていても、デフレが続くと「予想」されれば、人々はデフレを継続させる方向に向かう。逆にインフレが続くと「予想」されれば、そうなるということだ。いま日本銀行が採っている「インフレ目標」という金融政策は、人々の「期待」を動かすものなのである。特に日本のデフレ不況は、ケインズの述べた「流動性選好」(お金を手元に置きたがるという傾向)に関係している。いわゆる「リフレ派」というのは、ケインズ庶子であると云うことができるのかも知れない。
 本書でおもしろいのは、それ以外にも色々ある。例えば、青木昌彦などの「比較制度分析」というのは、「ゲーム理論」におけるナッシュ均衡の「複数均衡」に端を発しているなどというもの。また、著者はいわゆる「ベーシック・インカム」を強く主張しているが、これほど説得的な議論は初めて読んだ。ベーシック・インカムが導入されれば人々は働かなくなるだろうという予想があるが、それが生存を保証するということからしておかしな話であり、むしろ人々がリスクに対して積極的になることは充分予想される。また、不況時にも、最低限の景気刺激効果が期待できるし、好況時には多くの人がベーシック・インカム以上の収入をもつことができるだろう。それから著者の言うとおり、現行の生活保護制度はあまりにも問題が多く、ベーシック・インカムの方が優れていることは、これも充分に考えられる。ベーシック・インカムは一律である以上、公務員の裁量に関係しないところが長所だ。
 以上、自分の力ではどれほど本書を理解できたか心もとないけれども、とても中身の濃い本であることは間違いない。新書本として、まさしく期待どおりの役割を果たし得ると思う。