ヨーゼフ・ロート『ラデツキー行進曲(下)』

晴。爽やか。
音楽を聴く。■モーツァルトクラリネット五重奏曲K.581(マルティン・フレスト、ヴェルターヴォSQ、参照)。

君子豹変。
ヨーゼフ・ロートラデツキー行進曲(下)』読了。何とさみしい小説か。帝国は崩壊し、トロッタ一族は滅びた。本書にはまた、ネーション(国民国家)の台頭があざやかに描かれている。それにしても思うのは、帝国というものは必ずしも強権や戦火を意味するとは限らないことだ。歴史が証明しているように、国民国家の台頭は必然であったが、それはまた国家のエゴイズムと戦争をもたらしたのである。現代はその延長線上にある。前にも書いたが、第一次世界大戦は帝国を解体した。その後で「帝国」を名乗った国家は存在したが(例えば日本)、それは飽くまでもそう称しただけのことである。実際、ヒトラーの国家も「帝国」を自称したが、それは滑稽であり、オーストリア=ハンガリー帝国を愛したロートが、それに徹底的に立ち向かったのも、当然のことであった。もちろん自分は「帝国主義」を賛美するものではなく、「帝国主義」もまた帝国と本当に同一かどうかは疑問であろう。例えば「パックス・ロマーナ」は、帝国時代のローマにおいてのことであった。と言ったからといって、現代に帝国というものは復活可能でないし、好ましいことでもないことは、云うまでもないが。

ラデツキー行進曲(下) (岩波文庫)

ラデツキー行進曲(下) (岩波文庫)

早寝。