仲野徹『エピジェネティクス』

晴。酷暑。
音楽を聴く。■バッハ:イギリス組曲第二番(ルセ、参照)。■ベートーヴェン:三重協奏曲op.56(カピュソン、マイスキーアルゲリッチ、ラビノヴィチ=バラコフスキー、参照)。この曲は今ひとつ理解していないので、はっきりしたことは云えないが、なかなかいいんじゃないでしょうか。■ラヴェル:スペイン狂詩曲、亡き王女のためのパヴァーヌ、高雅で感傷的なワルツ、道化師の朝の歌、ドビュッシー:イベリア(フリッツ・ライナー)。最強音で音が割れる。たぶんマスターからそうなのだろう。ライナーはよく知らないが、これを聴く限り確かに巨匠だ。

Rhaps Esp/Iberia/Pavane

Rhaps Esp/Iberia/Pavane

■フランク:ピアノ五重奏曲(フランソワ、ベルネードQ)。これは名演だ。フランソワのピアノは最初は崩して弾いていて、フランクには今ひとつ合わないし、技術的にも苦しいところがあるが、段々気にならなくなってくる。第一楽章が特にすごい緊張感だ。ベルネードQ(よく知らない)がまたフランクらしい、重厚な響きで聴かせる。この曲は室内楽の傑作なのだが、なかなかいい録音がないので、この演奏は貴重だ。ボレット+ジュリアードQの名演と並び立つ存在だと云えるだろう。
散髪。

仲野徹『エピジェネティクス』読了。アマゾンのレビューで、本書をかなり否定的に評したものが多かったので、そこらあたりも注意して読んでみた。なるほど、そう評されるのも無理はないところもある。まず、これは著者がどうしようもないことだが、エピジェネティクス自体が説明するのにかなり厄介な現象だということである。エピジェネティクスというのは、一種の遺伝的な現象であり、かつDNAの塩基配列の変化を必要としないにもかかわらず、遺伝的な変化が受け継がれ得るようなものである。具体的には、(1)ヒストンのアセチル化による遺伝子発現の活性化と、(2)DNAのメチル化による遺伝子発現の抑制によってなされる。これらを理解するには、かなりの予備知識が必要で、本書で尽く説明できるようなものではない。予備知識について言っておけば、本書には高校レヴェルの化学と生物学の知識は必須である。生物学に関しては、じつは大学教養部レヴェルの知識も必要かも知れない。また、以上は基礎的な話だが、本書の中には研究者レヴェルのジャーゴンが平気で使われているところが多々あるので、これらすべてを理解する必要はないことを言っておきたい。この辺は少し不親切かなと思った。
 で、本書を読んでいってある程度理解できれば、著者が口を濁しているところがわかるかも知れない。それは、エピジェネティクスが一種の「獲得形質の遺伝」をもたらすのではないか、というものである。獲得形質の遺伝は現代の生物学では完全に否定されているので、ここはどうしても慎重にならざるを得ないのであろう。しかし、以前から「異端的」な研究者たちによって、獲得形質の遺伝を考えに入れないと説明しにくいような現象が見出されているので、それが可能になるかどうかは大問題である。自分個人もこのあたりは非常に興味深いものを感じるのであるが、一方では、受精卵においては殆どのDNAメチル化(すなわち獲得形質)が消去され、リプログラミングが生じるらしいから、簡単に断言できることではない。というか、まだ何が正しいのかははっきりしていないと云えるだろう。
 それでも、遺伝には関係があるとも思われていなかったヒストンが、遺伝子発現に影響を与えるなど、とても面白い学問分野であることは間違いあるまい。本書が初学者には難解というのは、だから残念でないこともないのである。エピジェネティクスに関する他著も、読んでみたい気を起こさせる。