黒島伝治『渦巻ける烏の群』/奥泉光『シューマンの指』

晴。
音楽を聴く。■モーツァルト交響曲第三十六番「リンツ」(ベーム参照)。悪い筈がないと予想していたが、その通りだった。モーツァルト交響曲は、取り敢えずベームを聴いておけばよいのではないか。■ウェーベルン管弦楽のための六曲op.6(ロスバウド1958)、二つの歌曲op.8、四つの歌曲op.13、カンタータ第一番op.29、カンタータ第二番op.31(ブーレーズ1956、参照)。ウェーベルンの爽快感はいったい何なのだろう。聴いていると中毒になってくる。■スクリャービン:法悦の詩(マゼール)。テンポは速めで、あっという間に終ってしまう。美しいが、あんまりエクスタシーという感じではないかな。

Piano Concerti / Poem of Ecstasy

Piano Concerti / Poem of Ecstasy


黒島伝治『渦巻ける烏の群』読了。黒島伝治の名は、山本善行さんの選にかかるアンソロジーで初めて知った(参照)。本書は薄い本で、黒島の「農村もの」と「シベリアもの」の双方が二作づつ収められた、短篇集である。黒島伝治が今どれくらい読まれているのか、自分は知らないが、それほどポピュラーとも云えないと思う。しかし、二冊読んだ限りでは、彼は相当にいい作家だ。文章は無駄がなくて引き締まっており、散文の効果がよく計算されている上に、それなのに作り物めいたところがない。身も蓋もない言い方をすれば、「農村もの」は田舎の嫌らしさが存分に出ていて、そうなんだよと言いたくなるし、「シベリアもの」は、戦争は本当に嫌だという思いがふつふつと湧いてくる(相変らず素朴な読みですみません)。この作家は、どこかの文庫でもっと出して欲しいと思うのだが、売れませんかね。
渦巻ける烏の群―他三編 (岩波文庫 緑 80-1)

渦巻ける烏の群―他三編 (岩波文庫 緑 80-1)

奥泉光シューマンの指』読了。何でも書ける著者の、音楽ミステリー。敢てエンターテイメントを狙っていて、主人公はシューマンを偏愛する天才ピアニストにして、美少年。シューマンのピアノの名曲がこれでもかと使われ、自分のような音楽好きにしてシューマン愛好家には、頗るおもしろい。本書の隠れた主題はシューマンの音楽だと言って過言ではなく、まるで音楽評論さながらの分析・批評が見られる。たまたま自分の好きなピアノ曲はほぼすべて網羅されており、殆どが自分の実感とそうちがわなかったので(こう云うのは何様だが)感心した。文体が意図的に大袈裟で、ロマンティックで芝居がかっているのには少々閉口だったが、何しろ題材はシューマンなのだから、これはよくわかる選択であろう。ミステリー好きでない自分でも最後まで読めたのだから、そのあたりもさすがだと思った。しかし、「天使の主題による変奏曲」ってのは知らなかったなあ。この曲、クライマックスで絶妙に使われているので、実在するなら(するよね?)聴いてみたい。なお、片山杜秀氏による文庫解説には脱帽。
シューマンの指 (講談社文庫)

シューマンの指 (講談社文庫)

※追記 「天使の主題による変奏曲」、聴いてみましたよ。デムスの録音した、シューマンピアノ曲全集(参照)に収録されていた。主題はかなり美しい。けれど、変奏はシューマンにしてはぎこちなく、また最後の変奏はそれまでと雰囲気があまりにちがっていて、戸惑わせられる。「暁の歌」op.133 に似たところがある感じ。全体としては主題がいいだけに、散漫なところが残念で、傑作とは言いにくい。シューマンの最後の曲ということを意識すれば、確かに異常な雰囲気を感じ取ることも、できないことはないだろう。なお、Wikipedia にあるとおり(参照)、題名の「天使」というのは日本での慣習で、ドイツ語の Geist は「霊」または「幽霊」であり、意訳すれば「聖霊」とすることもあるいはできるかも知れない。いずれにせよ、シューマン本人が付けた名前ではない。(AM2:31)